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姜維の北伐>>>>孔明の北伐

1 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 22:11:30
キョウイと孔明比較スレ。基本的には両者の北伐を
中心にどちらが優秀だったのかを探っていく
27歳で第一線に出た同士、なんか対比できたら面白い。
ちなみにキョウイが孔明の弟子って言うのは演義の創作だからね。




2 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 22:19:56
ちなみに三国志正史五巻蜀書ちくま文庫版を読むと
孔明の北伐は4回。
一回目 負 二回目 引 三回目 引 4回目 負

撃破オウソウ チョウコウ

キョウイの北伐は6回
一回目 引 二回目 勝 三回目 勝 4回目 負 五回目 引き
6回目 負

撃破ジョシツ 
投降リカン オウケイ軍被害数万

3 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 22:24:03
孔明は無能とかいうスレ立てた奴だろお前

4 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 22:32:23
最後の策
キョウイ 魏のショウカイとトウガイを倒す
孔明   蜀のギエンとヨウギを倒す


5 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 22:35:10
実際戦った敵の評価
孔明→「天下の奇才」
キョウイ→「あなた文武両面の才能を持ち世人をしのぐ戦略 中略 名声は中華の地まで響きわたり 後略」
「キョウイを中原の名士と比較したらキャカツタンでも彼以上ではない」

ちなみにショカツタンは「蜀は諸葛家の龍を呉は諸葛家の馬を魏は諸葛家の犬を手に入れた」
って言われ孔明、ショカツキンと同列に扱われる人物ね。

6 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 22:36:13
また君か、とでも言ってほしいのかい

7 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 22:40:44
というわけでスレ立てる前に集めたデータだとこんなもんかな。
探してもキョウイと孔明の比較スレがなかったので立ててみた。



8 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 22:50:54
以後、キャカツタンとは何かを語るスレになります

9 :1:2009/04/20(月) 22:55:11
明日あたり孔明の一回目の北伐の失敗点と
キョウイの三回目あたりの行動の比較とかできたらいいかな。

簡単にいうと一回目の北伐の失敗をバショクのせいにしてるけど
三国志正史五巻蜀書みると三郡だかが寝返って孔明に着いたのに
その三郡を手に入れる事ができなかった無能さがあるみたいなんだよね。
しかも行軍がおそかったらしいし。

キョウイなんかその点、ショカツタンが反乱起こしたらすぐに行動起こしてるからな。

10 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 23:22:01
演義読んで孔明すげーってなって
そのあとちょっと正史齧って「なあんだ天才軍師じゃないじゃん だせーしょぼ」
ってなる人多いよね
個人的に正史孔明のほうがすごいと思うんだけどな

11 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/20(月) 23:27:52
やっぱり演義で面白いのは曹操や柳眉が死ぬまでだからね
正史でその辺までの孔明の仕事を探すと蜀科の5人のうち一人と劉封を自殺させたくらいか

12 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 01:04:32
カタカナの人はどうしても諸葛亮より姜維の方が優秀だって事にしたいんだな。
スレでその結論が出るまで延々とスレを立て続けるつもりなんだろうか。

13 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 01:31:40
>>5
お前は龍と馬と犬が同列だって思ってんの?だとしたらご愁傷様としか言えんぞ。

あと馬じゃなくて虎だろ。さりげなく諸葛瑾批判するなよw

14 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 02:16:55
>>9
三郡なんてどうでも良かったの。
どうせ関中の曹真、曹叡追っ払わなくっちゃ
手に入ったことにはならないし。
追っ払えれば三郡は自動的に再び蜀のものになる。
それよりもそんなことに惑わされずに決戦に集中するのが上策。
祁山をしっかり固めるほうが賢明だ。

15 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 04:14:11
北伐に関しては同じようなもんだろ、結局失敗、共に歴史の敗者。
だがそれがいい

16 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 07:15:59
また>>1が性懲りもなく、孔明アンチスレを立てたんかーい!

17 :1:2009/04/21(火) 07:27:18
しかしハイショウシも三郡を保有できなかった事を批判してるしな。
土地的な事は詳しくわからんけどその三郡に軍を駐屯させておけば
後々有利だったかもしれんんし。

18 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 07:51:58
魏軍は大軍で蜀軍は寡兵だろ
俺も土地のことは知らないけど益州の要害の地じゃないなら維持するの大変じゃん
長安とか洛陽まで一気に落とさなきゃ三群の意味はないんじゃないか

19 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 08:45:28
孔明の軍事が2流って言われるけどだったら普通に仲達に追撃されて敗れた呉の朱然とかは3流だね
…って話は何故か聞かないなあ

20 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 11:16:55
>>19
当たり前じゃん、諸葛亮が二流って言ってるやつは諸葛亮の人気が気に食わないだけ。

実際未だわずか20レスのここでさえ都合の悪いレスには返さない、というか返せないんだから。

21 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 11:46:28
レスという餌を与えるから黴菌が成長するんだよ。
みんなそろそろ学習しないと。

22 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 11:48:14
魏延が一言


23 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 11:51:33
ざけんじゃねぇっ!

24 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 11:56:10
>>23
孔明「お前の作戦は駄目だ」

25 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 14:07:58
>>24
1「だからオマエは無能なんだ」

26 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 14:19:18
>>25
お前を泣きながら斬るっ!!

27 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 14:22:36
>>26=1

28 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 14:31:53
>>27
はずれ。残念俺でした←誰

29 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 14:43:20
知るかヴォケ

30 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 14:44:14
司馬懿「姜維は驚異なんつって」

31 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 14:45:24
全くニートの子がこんなスレッドを建てて、申し訳ありません

32 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 14:46:16
馬謖ショック!!

33 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 16:38:58
>>1
相手や状況が違いすぎる

34 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 16:40:24
1「だからオマエはネット三国志知識人なんだ」

35 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 16:41:38
実績だけでモノを言うなら

司馬炎>>>>>>>>>>>>>>>>曹丕>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>曹操

36 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 16:54:18
>>35
おまwww姜維と孔明どこいったwww

37 :1:2009/04/21(火) 17:23:51
なんか孔明批判ばかりになったので
キョウイのほうも書いておくと。

なんか大敗って言われてるダンヤの戦いだが。それほどの
大敗ではなかったんではなかろうか。その一年後のショカツタンの
反乱でキョウイが出陣したら「敵兵は恐れおののいた」みたいな記述があるんだよね。
一年前に大敗した奴をおそれおののくかね?

どうもダンヤの戦いってのは敵に負けたのではなく蜀の政敵に負けたんじゃないかって思えてくるな。


38 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 17:29:36
カタカナばっかで西洋の話みたいに思えてくるな。

39 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 17:38:31
>>35
司馬炎が一番なのは理解出来るが、実積だけでも曹操のほうが、曹ヒに勝ってるぞ。
それにしても、司馬炎を天才として描かない演義はどうよ・・

40 :1:2009/04/21(火) 17:50:21
俺は正史の魏書はもってないんだが

孔明のライバル シバイ



キョウイのライバル トウガイ シバエン

はどんなもんだったんだろうな。トウガイは基本的に
キョウイ以外は相手にもならなかったんだよな。孔明の
後継者であるショカツセンなんて簡単に負けちゃったし。
リョフ並だったんだろうな。

41 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 17:52:26
>>37
何故にいつまでも段谷をダンヤと読むのか意味不明なんだが?

42 :1:2009/04/21(火) 17:55:33
そんなこと言ったら曹操をツォオツォオって呼ばなきゃならないじゃん。

43 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 17:55:41
姜維のライバルに司馬炎いれるなら諸葛亮のほうにも曹丕、曹叡いれにゃならんだろ。

あとそのカタカナは何なの?わざとやってんの?

44 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 17:56:07
>>39司馬炎をあまりよく書かないのは八王の乱を起こした原因を作ったからでは?

45 :1:2009/04/21(火) 17:59:18
俺がカタカナなのは解かりやすさのため。
一発変換できないのはカタカナに徹しようって決めたの。

孔明 曹操 劉備 孫権 

あたりは一発変換できるんだけど

カンウ キョウイ チョウウン トウガイ

とかは一発変換できないからそれならもうカタカナでいいかなって。
漢字だと読めない人もいるしね。

46 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 18:22:43
ゆとり乙

47 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 18:26:17
ここは笑いが凝縮されたスレだな。
個人的ベスト3は、キャカツタン・馬・トウガイ=リョフ

特に、馬は狙ったならかなり秀逸だと思う。

48 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 19:39:41
1を見るだけでイライラするのは俺だけじゃないはず

49 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 19:52:46
>>48
たぶん【反1連合軍】を結成できるとぐらいいると思う。

50 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 19:56:59
姜維が孔明の為し得なかった大勝利を博したのは事実だが
負け方もまた派手だったから功罪では罪の方が大きいか

51 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 19:59:44
>>45
漢字が読めないような奴に姜維と諸葛亮を比較なんてできんよ、というか
その程度も読めんのに議論しようとすんのが間違ってる。

ついでに言っとくとカタカナは全然分かりやすくないし、他の武将も
何度か打ち込めば自動変換できるだろ。

52 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:01:09
>>49
俺も反1連合軍に参加させてくれ。

53 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:02:54
>>52
おk同志

54 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:05:13
>>42
意味ワカンネ・・・・・・・

段谷は日本語で「ダンコク」と読むんだが?。


55 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:09:16
>>1
よかったね。バカだから教えてもらわないと読み仮名さえ分からないんだね。
バカだからって孔明を僻んじゃダメだよ^^ブスが美人に嫉妬するのと同じだからね^^


*僻んじゃ=ヒガんじゃ
*嫉妬=シット

www

56 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:09:33
>>45
>漢字だと読めない人もいるしね。

悪いがそう思ってるのはおまえさんだけだよ

57 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:11:26
>>54
それはね誰かがかってに段谷をダンコクって読んだから
ダンコクってなってるだけで別に正解があるわけじゃない。
だって元は中国語だから。「谷」の字を「コク」って読もうが
「ヤ」って読もうが日本語としては間違ってないよ。

58 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:13:33
カコウジュンって読んだりカコウトンって読んだりする説がある。
漢字で書けば一目で分かる。
カタカナを使うと分かりにくい。

59 :1:2009/04/21(火) 20:19:57
なんだろうな。ネット孔明支持者は孔明を批判されるのが
そんなに嫌なのか。

こっちは理論的に正史から読み取って書いてるんだけどな。
孔明は4回の北伐で一回も成功してないんだぞ。
キョウイは2.3回は成功してる。勝率五割の男
孔明は勝率0じゃないか。

60 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:24:37
とりあえずカタカナ野郎には返答無しでおk。

61 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:44:12
ええっ、またこの人スレ立てたのwww
イライラするからやめてほしいわ

62 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 20:46:00
>>57
じゃあお前は成都を「なるみやこ」って読んでもいいって言うのか?
関羽を「せきはね」って読んでもいいって言うのか?
お前が言ってるのはそういう屁理屈だ。

63 :14:2009/04/21(火) 20:59:08
>>17
『袁子』だね。「袁子」に出てくる「或る人」の言葉だ。
陳寿も裴松之も袁子も、おそらく「或る人」も軍事素人だ。
孔明の戦略を理解できなくてもは当たり前じゃないか?

三郡駐屯の無意味を説明する。

キミが10人の仲間と「関中公園」の覇権を争って
15人組の敵と喧嘩するとする。
友達の趙雲くんが水飲み場で5人の敵を引きつけている。
これで9対10。
三郡は「砂場」「すべり台」「ブランコ」。
ここを1、2人ずつに守らせると、
キミのいる所は、味方4〜7人 対 敵10人。
圧倒的不利に陥るよね?
兵法家はそんな馬鹿なことはしない。
逆に敵を分散させ、数的優位を作り出して各個撃破する。

>>59
俺の中では2勝無敗だけど?
そこん所を解き明かしていくっていうのがこのスレだろ?
進行がんばれ。

64 :14:2009/04/21(火) 21:01:07
ごめん。ちょっと偉そうすぎた。

65 :14:2009/04/21(火) 21:02:28
2ちゃん用にキャラ作るのって加減が難しい。

66 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 21:04:06
劉淵「まぁまぁ君たち喧嘩はよしたまえ、俺が一番ってことで」

67 :1:2009/04/21(火) 21:04:10
>>63
孔明の2勝ってのはどこから来たの。軽く説明して。

後上の味方4人と敵10人の例えはその場だけ見れば確かに
正しいけどちょっと正史を見てほしい。孔明は第一次北伐の
すぐ後に第二次北伐をしている。

つまりその4〜7人を残しておいて10人の攻撃を防衛させておくと
挟み撃ちの形になるのではないだろうか。

68 :ひょーりみ ◆e/dIJRgbGM :2009/04/21(火) 21:25:15
郭淮>>>姜維の北伐>>>>孔明の北伐

69 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 22:34:38
郭淮ってそんなに凄かったっけ?

70 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/21(火) 22:41:29
>>59
理論的に正史から読み取って書いて、その結論がカタカナなら俺はお前を尊敬するよ。

もう面倒くさいから結論言わせてもらうけど、姜維の北伐は軍閥の一部からしか支持を
得ていない。これでは成功もへったくれもない、というか始める前から失敗。

71 :14:2009/04/21(火) 22:43:01
防衛戦には地の利が重要でしょ?
諸葛亮がその地として選んだのが祁山だっと思ってる。
ネットで地図探して見て欲しいんだけど
「関中公園」めっちゃ広いんだ。
正確なことは知らんけど北海道くらいあるんじゃないかな。
諸葛亮の祁山と三郡とは直線距離でもおよそ50〜200kmくらい
離れてたと思う。合流は間に合わないと思うよ。
それに三郡・祁山・長安の5点は、背後に大きく回りこむ戦略的優位な
位置取りは出来ない位置関係にある。
もし取れそうでも、そうなったら敵は退がるか一軍を差し向けて防ぐかするよ。
つまり三郡を守というのはメリットのないリスクというわけ。

>孔明は第一次北伐の すぐ後に第二次北伐をしている。
何の関係もなくないか?意味が分からない。

>孔明の2勝ってのはどこから来たの。軽く説明して。
追々ね。

72 :1:2009/04/21(火) 23:10:12
>>71
うーんつまりね。半年ぐらいで第二次に出発してるんだ。
でね別に三郡をずっと守らなくても半年ぐらいなら篭城すれば守れると思う。
ゲームになれた人は戦争って一日で勝負がつくと思ってるけどそういうのは稀で
長けりゃ1年以上戦うケースもある。劉備の蜀攻めとかも時間かかったし。

で距離も50kmとしてもそこに敵がいるだけで脅威なんじゃないかな。
後ろから攻められるっておもったら行動に制限がでるし。

その後の孔明の北伐だって結局兵糧が尽きたりして失敗してて
最後のゴジョウゲンでは屯田したわけでしょ。現地で。
それなら三郡で兵糧確保するのを頑張るべきだったんじゃないかな。

73 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 00:30:26
>>69
奴はサイヤ人タイプだ
戦えば戦うほど成長していく
結局姜維は奴に一度も勝てなかった

74 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 00:55:09
>>35
>>39
司馬炎は十分高評価じゃね?

司馬炎 
有超世之才(時代を超える才能がある)

曹操
超世之傑矣(時代を超える英傑というべき)

「超世」という言葉が出てくるのは三国時代では曹操と司馬炎だけ
曹操に比べればやや弱い表現だが、晋王朝の基礎は魏
つまり曹操なのでやむなしか

75 :14:2009/04/22(水) 01:16:57
>>72
姜維伝や張コウ伝を見る限り、三郡の内の県単位で寝返ったり抵抗したりして
割れているように思える。
なので、打って出て蜀軍を脅かすような勢力にはなり得ないと思う。

抵抗している県のために軍を派遣すると当然戦力低下になるし、
どの道あっという間には平定できない。
もしそれまでに曹叡軍が西進してきたら、派遣した軍隊を戻さざるを得ない
だろうから徒労に終わる。
それに、大局の進捗なしに長期戦になるような状況に意向していくことは
あまりよろしくない。
箕谷の趙雲がもたない。
曹真軍が引き返して曹叡軍と合流し
せっかく分散させて作り出した状況がフイになる。
或いは、逆に曹真に褒斜道から漢中へ攻め込まれ糧道を断たれてしまう。

>>14に書いた通り
敵の本隊を打ち破りさえすれば、それで全て収まるのじゃないかな。
馬謖が負けなければ上手く行ってたと思うよ。
もし、素早く三郡を平定してしまって
それで馬謖が負けたとしても、やはり漢中に撤退しなければならなかったはず。

76 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 02:08:16
>>74
逆に司馬炎より評価が高いのがすげえよな
皇帝ですらないのに

77 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 07:36:24
>>74>>76
逆だろ?
「有る」と断定してるのと「言うべき」と推定してるのとでは
断言してる司馬炎の方が上の評価となる

78 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 08:47:30
才と傑なら傑が上だな

79 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 09:44:18
とりあえず1がうざすぎる

80 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 11:04:49
>>79
禿同

81 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 11:15:23
>>1の思考こそゲーム厨
自分のこと棚上げして他人を非難してるのがうざすぎる
氏ねじゃなくて死ね

82 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 11:50:28
だから餌をやるなって…

83 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 11:51:28
おまいらおちつけこれは厨達の策謀だ

84 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 11:58:25
>>59
>>40のどこが理論的なんだw
そもそも姜維のライバルが司馬炎って初耳だわ。
オマエのちくわ文庫にはそう載ってるんだな、すごーい。

85 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 12:09:07
まだ嘘つきクソ坊主の相手してるんだね、みんな。
三戦板らしくてオモロイわ。

86 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 12:19:53
まともに三国志の話ができるスレは少ないからな。
コテのなれ合いスレばっかりだ。
それに、>>1がたびたび登場してスレを盛り上げてるしな。
ただ、>>1が致命的にウザイのが欠点だが。

87 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 12:57:32
1が身の程知らずだから、みんな全力で叩きたくなるんですね、わかります

88 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 13:08:53
>>1の相手をしてやってるのも救いがたい馬鹿だと思う
無視して姜維と孔明の話をすればいいのに…

ところで蜀を併呑したとき司馬氏は姜維ではなく孔明の兵法を研究させたという話があるが
これは軍人として孔明>姜維を示す指標にならないだろうか?

89 :ひょーりみ ◆e/dIJRgbGM :2009/04/22(水) 13:25:31
郭淮>姜維は確定したから孔明と郭淮を比べろ

90 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 13:26:32
諸葛亮とは言わないんだなここ

91 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 14:05:21
>>89
第三次北伐、第四次北伐では孔明の勝利に終わってるがだからって単純に孔明>郭淮にしてよいのかなあ
第四次なんかそもそも一蹴されて当然の戦力差だったろうし

92 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 15:12:04
陳泰もそうだが、郭淮にしても姜維とまともに戦って勝ててはいないのだけどな

93 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 16:26:49
郭淮に関しては240年頃に姜維を破ったという記述があるが詳細不明
姜維戦争史ってブログじゃ威力偵察程度でまともな戦争じゃなかったと解釈してるが
その後まともに戦ったのは成重山くらいかな?この時は郭淮の戦略は間違ってなかったようだが
戦闘で姜維にやられて廖化救出を許してしまっている
まあいずれにせよ姜維が1万程度しか率いる権力がなかった時代だから単純に二人の優劣を決められないと思う
むしろ郭淮については対廖化戦での戦略ミスで配下をメタメタにやられた件の方が辛い点を付けざるを得ないような…

94 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 16:28:37
>>92
まともな戦に持ち込めなかった姜維の力不足だろ。

95 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 18:58:51
姜維は敵を動かす才能はむしろあった方では?
蜀攻められたときの見事な機動で敵軍をかわしたとか

96 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 19:34:35
キョウイは大勝もしてるからな。
孔明って持久戦になられると結局なにも出来なかった。
それなら持久戦に持ち込む前に奇襲したり短期決戦に
持ち込むべきなのにそんな度胸もないし。

97 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 19:43:38
>>96
お前1だな

98 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 19:52:15
吹いたw

99 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 19:53:28
>>1はいい加減、バカを装った釣りはやめてもいいんじゃないのか?
でなきゃ本当にアホとしか言えんわ

100 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 20:00:11
100

101 :14:2009/04/22(水) 20:53:03
ていうかイジメやめろよ。

>>88
俺は>>1との対話を通して諸葛亮を語ってるんだが?

そもそも諸葛亮の優秀さは歴史の事実。
演義の反動と
素人の陳寿らが余計なこと言ったばかりに曲解されてる。
あとは現代の歴史評論家とやらが
己の存在を示したいがために歴史を斜め読みして本書くし、
演義から一歩出たばかりの奴がそれを読んで信じ込む。
そういう層での諸葛亮評価は低い。残念なことにそういう奴が多いんだな。

102 :1:2009/04/22(水) 21:21:19
そうか?あんま孔明を低く評価してる奴なんて少ないとおもうが
過大評価な感じもするし。聖人君子として祭り上げられた感じ。
孔明の評価どころっていうのはまあ別スレで議論されたけど
軍事面では北伐で二群手に入れた
って事と
内政面ではまあ多数いい所がある
って感じで。内政に関しても当時孔明と同程度の奴はいただろうし。



103 :1:2009/04/22(水) 21:28:13
まあ魏書もってないから詳しくはしらないが
「ジュンイク」っているよね。こいつはかなり政治家として
優秀だったらしい。

で、なんか表彰されるみたいになった時に
「戦場で功績を立ててないので」みたいに断ったんだよね。
自分が軍事面が苦手って事を自覚していた。
これって結構重要で孔明はそういうところがかけていた。

なんでも自分で出来るって思っちゃったんだろうな。とんだ勘違い君
なんだよね。孔明って。

人に任せるって事ができない孔明は結局は2流なんだと思う。
仮に長安とか取れても誰に任すの?孔明は。多分誰にも任せられず
自滅するだけだと思う。

104 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 21:34:45
三国志時代だけしか知らないから
過大評価とか言うんじゃない?
現代中国の諸葛亮像は
1800年かけて熟成されたもんなのに
俺ら日本人は間をすっ飛ばして評価するからね。
歴代王朝の史書読むと
諸葛亮の存在の大きさがわかるよ。

105 :14:2009/04/22(水) 21:41:37
2ちゃんの住民はまだレベルが高い方だよ。

>内政面ではまあ多数いい所がある
具体的に何したか知ってるかな?
これも知らないで言ってる奴が多いように感じる。
そういう奴に限って軍事はダメだったとか平気で言ってる。

>自分が軍事面が苦手って事を自覚していた。
諸葛亮は軍事優秀だった。

>人に任せるって事ができない
これも追々。


106 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 21:46:31
>>1との対話なんぞ不可能だよ
まあそのうちわかる

107 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 22:04:42
っていうか1のスレ建て回数が
孔明の北伐回数と並んできた件について。
しかもどちらも成果が芳しくない。


108 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 22:09:21
孔明の軍事優秀ってのはおそらく蜀攻めと
南蛮征伐あたりが元になってるんだろうけどさ。

まあ一軍を率いる軍事能力と大将としての能力はまったく別だと思うし。
南征ってどれほどのものなのかね。演義だけかと思ったら
三国志正史五巻蜀書にも7縦7檎ってあるんだな。ビックリ。
けど敵将を7回捕まえて7回離すって実際どうよ。相手を舐めてるし
こんな事されて従う機になれるかな?味方だって被害は出るし。
しかもその後モウカクは手下から支持されるか?

俺は南征はただ単にモウカクと貿易?しただけだと思うが。まあ根拠はないから
主張はしないけど。

109 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 22:29:35
孔明が軍人として無能なのは陳寿だって書いてるだろwwww
ほんと忠臣蔵を史実と思い込む奴より頭の悪い人間がいるもんだな。

南征は高島俊男も「軍資を調達するために南方の小国から収奪した」
と身も蓋もなく暴露していた。そうしてため込んだ金で演じた北征が
これまた見せかけだけのインチキ遠征www
ジュンイクの足元にも及ばない辺境の助役が、無教養な田舎者向けの
講談の中でヒーローにデッチ上げられた存在・孔明はしょうがないけど、
腐女子でさえ「使えない奴」と笑っている存在を神のように思い込む
青年日本人男子ってひたすら恥ずかしいwww

110 :14:2009/04/22(水) 22:54:01
>>109
喚いてスッキリしたか?

軍資のことは正史に書いてある。誰もが理解してると思うぞ。
高島俊男の名を出すところをみると
俺が>>101で書いたような奴なんだろ?

111 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 22:59:06
>>107
吹いたwww

112 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 23:18:35
軍事 姜維>諸葛亮>>>>>>>>>>1
内政 諸葛亮>>>>姜維>>>>1
外交 諸葛亮>>>>>姜維>>>1

でもういいだろ

113 :ひょーりみ ◆e/dIJRgbGM :2009/04/22(水) 23:26:02
郭淮はどうした

114 :1:2009/04/22(水) 23:28:37
あのね。俺はコテじゃないのよ。どこの1と混同してるのか知らんけど
常に初見の人に解かるレスしてほしいもんだ。
初めてこのスレ開いた人はなぜ1がこれほど文句言われてるのか
わからんだろ。

匿名掲示板でさも知り合いみたいな感じなのはどうかと思うよ。
この名前欄の1だって誰にでもかけて誰もが発言できる場所
なんだし。

115 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 23:30:43
天才軍師諸葛亮なんて
仁義の英雄劉備くらい廃れたイメージだろ

その上でやはり有能な宰相だったと再評価されてるわけで

116 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 23:46:55
>>107
どちらかというと孟獲が捕獲された回数と言ったほうがよい。


117 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/22(水) 23:53:45
>>108
>>109
>>115

諸葛亮の軍才は北伐で発揮されてるんだぜ?
北伐や諸葛亮の事を考察していくと

天才軍師諸葛亮

有能な宰相

政戦両略に通じた英雄

となるのが普通の思考できる人。
おまいさんらは正史読みたての反抗期みたいなもんだ。

118 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 00:07:12
諸葛亮は陳寿の私怨か何かで辛口コメントがつけられているが、
実際に考察してみると軍才があるのが判る。

そこまで考察した羅漢中が三国志演義という小説で
面白おかしく天才軍師にしたわけよ。


119 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 00:08:07
うーん、正史読んでると諸葛亮は正に政治家なんだよね
バリバリ軍師の演義とはまるで違うっていうか

120 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 00:10:17
武経7書の1つ李衛公問対では普通に孔明が古の名将軍に挙がっているね
まあどっちかと言うと理論家、兵学者として評価されてたのかもしれないが

121 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 00:17:40
曹操や仲達らには一歩足りないイメージ

122 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 00:18:50
DBZに例えてくれ

123 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 00:21:34
>>121
実力でのし上がった曹操はともかく、芝居に負けてるとは思えん
北伐じゃ対等の条件で戦うこともなかったしな

124 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 00:22:45
1の言うような、聖人君子・天才軍師の孔明なんて最近は絶滅気味だよ。
最近の孔明像なんて、聖人君子でも一流の政治家でもなく、
シャッシャッホウって言ってビーム打つ変態そうなナマズヒゲ!とか
オープニング開始二秒で陸遜のケツ触ってるエロ師匠!とかで、
孔明の名声はそんなに無いからそこまで必死にならなくてもいいんじゃない??

125 :115:2009/04/23(木) 01:34:02
>>117
なんで諸葛亮の力を認めてるのに反抗期だのと因縁つけらんなきゃいけないワケ?

諸葛亮が完璧超人じゃないと我慢出来ない人?

126 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 02:12:10
>>37
有為な人材も兵役人口も少ない蜀に取って
段谷の敗戦は規模以上に痛かったと思う
歴戦の古参兵や部隊長を大量に失ったことで
以降、建て直しはほぼ不可能だったみたいだし

127 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 13:36:37
>>124
日本人の孔明像って元々天才だけど性格が悪い怪しい奴ってものだっただろ
劉備に代わって汚れ役を行ってるという役回り、あと周ユをからかってもて遊ぶ人でなしの面を持つ役回り
それが正史孔明は地味で私心なき清廉な政治家だというイメージが広がっていき
いやいやそれだけじゃなく知略も戦闘もそこらの武将よかはるかに上だよという評価が加わり
むしろ演義時代を超えて完璧な人間に近付きつつあると思うのだが

128 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 13:48:39
>>127
諸葛亮の政治能力や戦闘能力は高い評価でいいんだろうが
エグい策も提案>採用しているし人格は全く評価できないと思うが。

プライドは高いし家庭を顧みず、同僚を平気で放逐した独裁者だしな。
しかも上には媚びるの上手で下には平等だから受けがいい。
少なくとも俺は一緒に仕事はしたくないな。

129 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 16:29:33
曹操達草分け世代に比べるとやっぱ地味

130 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 18:36:49
一昔前はタカ派の戦争屋ってことで姜維は人気なかったが
昨今の日本人の考え方からするとむしろ姜維はこれから人気が出て来るかも知れない
北に爆撃ぐらいしてやれ!ってみんな大っぴらに話すようになってきたでしょ

131 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 18:42:54
けど立ち居地的には土方歳三なわけだし。
昔から人気あってもいいと思うんだけどな。特に日本では。
ちょっと義経っぽい所もあるし。

なぜこれまであんま脚光をあびなかったのかが不思議。
まあおそらくライバルが無名すぎて盛り上げずらかったんだろうな。
三国志の有名人は前半に集中しすぎ。

132 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 18:49:35
新撰組は錦衣衛とかのジャンルだろう

133 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 19:00:05
>なぜこれまであんま脚光をあびなかったのかが不思議
自分で答え言ってんじゃん
姜維の知名度なんて所詮そのライバル達と五十歩百歩。
最近は無双でプレイヤーキャラになった分そこそこ上がったが。

134 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 20:20:40
孔明を二流政治家と認めない所が凄い。ある意味すげぇよな、ちょっと活躍したぐらいで
天才軍師とか言われる孔明の存在は、歴史を馬鹿にしてるのと同じだ。

135 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 20:48:18
歴史を馬鹿にしてるのは134だな
根拠もないくせにいってんじゃねーよ

136 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 20:48:31
要するに
「孔明ってすごいよね!」とか
楽しそうに騒いでる連中は
馬鹿馬鹿しくて見てらんない。
かと言って
正史の原文とか出されて本格的に語られても
輪に加われないからショボーン。

そういう中途半端な位置にいる奴が
こういうスレを建てるわけだな。

137 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 20:49:21
というかお前>>1だろ

138 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 21:17:58
>>1=>134

だろうな、つーか諸葛亮貶めたがる>>1の意味がわからん

139 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 21:30:31
ほっといても孔明を天才軍師と思い込んでいるアホウが日本人に占める
割合は激減し続けているんだから心配しなくてもいいよ。

そのうち「秀吉は天皇の御落胤」「川中島で信玄謙信が一騎打ち」
「信長が三千丁の鉄砲で騎馬隊を壊滅」なみのお伽噺としてのみ語られる。
腐女子や小学生はバカじゃないから。

140 :1:2009/04/23(木) 21:59:47
134は俺じゃない。俺は131

俺はショボーンとか使わないよ。結構冷静な文章を
書くように心がけてるし。

141 :1:2009/04/23(木) 22:03:18
後、孔明って敵の寝返りを促すとかの
これぞ「軍師」って仕事が出来ない奴だよね。北伐でも相手を
寝返らせたり、敵将同士の仲を悪くしたりとかやらなきゃいけないと思うんだけど
むしろキョウイとかの方がそういうのうまかったんだろうな。

142 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:12:56
>>141
このレスひとつで語るに値しない奴ってわかるよな
馬鹿じゃねーの?

143 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:24:58
前スレの最後に新しいスレは建てない
建てても半年位期間を空けるとか言ってたのにこれかよ・・・。


144 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:25:25
結論
1は諸葛亮を知らない

145 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:26:24
ジャイアニズムって奴と同一人物じゃないよね?

146 :1:2009/04/23(木) 22:33:55
俺はコテを着けたことはない。

ていうか俺が昔になんのスレを立てたとか関係ないと思うんだが。
俺はこの板にキョウイと孔明の比較スレがなかったから
必要だと思って立てただけ。
それ以外は不純物だよね。

147 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:35:19
どうやって比較すんの?

148 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:36:23
> 結構冷静な文章を
> 書くように心がけてるし。


どこがwwwwww

149 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:41:23
結果論だけで言うなら
五度の北伐の果て二郡を得た孔明>>>>九度の北伐の果て自国を滅ぼした姜維 だな

150 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:47:25



俺は諸葛亮信者じゃないがこの1は馬鹿すぎるwwwww



1の能力をつけてみた
統率 武力 知力 政治 魅力
1  15 1  1  1

統率:誰も自分の言ってることを支持してくれずついに自演を行う

武力:諸葛亮に言い掛かりを付け非難すること。荒らしよりタチが悪い

知力:諸葛亮の良いところを見ずに、悪いところだけを取り上げ批判すること

政治;人の言ってることを聞かず、衝突してばかり

魅力:誰からも嫌われている



151 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:51:39
魅力は1で

152 :1:2009/04/23(木) 22:53:04
孔明が5度とか キョウイが九度とかどういう計算
三国志正史五巻蜀書ちくま文庫版だとさ。

とりあえず孔明だけ見ても
P127 6年(228)びをうばおうとした
P133 同年 またしても散関から出撃
P133 七年 チンシキ
P135 9年 キザンへ
P135 12年 ゴジョウゲン

ああ、孔明はたしかに五回か。2群を平定したのは7年の三回目ね。
ここが唯一の見せ場か、けど一回目なんてなにもしないで三郡手に入ったのに
二軍を平定したことで良しとされてもね。
しかも3回目から出陣が鈍ってるからそれほど大勝ってわけじゃなく
むしろ続けて出兵できないほど自軍は弱っていたのだろう・

153 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 22:56:13
そんなことどうでもいい

それより姜維の父親が死んだのって馬超の反乱のせいだったりしないかな

154 :14:2009/04/23(木) 22:58:45
第一次でビを奪おうとしたってのは違うんだよ。
ビを奪いますよって宣言して敵の目をそっちの方に向けておいて
涼州を奪おうとしたのだよ。
蜀にも魏の間者が忍び込んでいたのでね。

155 :14:2009/04/23(木) 23:01:28
あと、何にもしないで三郡を手に入れたってのも違う。
諸葛亮が強かったので皆恐れをなしたんだ。

156 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 23:02:02
>>152
おまえさんさあ…北伐語るのに蜀書だけで十分だと思ってるだろ?

いつまでも物事の上っ面しかみない見当違いな妄言ばかりだから
相手にされないって事、理解できてる?

157 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 23:03:11
姜維を評価するのに
諸葛亮を貶める必要性はないと思うんだが。

158 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 23:10:06
まさかとは思うけど
>>1って姜維が蜀に入った経緯を知らないとかないよな?

159 :1:2009/04/23(木) 23:19:45
キョウイを評価したいから孔明を低く評価したりとかはしたことない。
俺は公平に正確に評価をしたいだけ。

160 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 23:22:57
じゃあ、孔明一切抜きで姜維をどう評価するか
自論を展開してみればいい
それが説得力のあるものだったら文句も引っ込むと思うよ。

161 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 23:25:19
>>159 姜維ぐらい漢字で打てよw

162 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 23:29:25
>>1は本当に、取った取らないとか数字とかの表面的な事しか見てないんだな。
戦略のせの字もない。

163 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/23(木) 23:32:35
来れなかった間に諸葛亮スレが落ちていたが、また別スレを立てたんだな。

勝っただの負けただのだけじゃ比較なんてできないだろうから、
まずは両者の北伐そのものをつぶさに検討してみりゃいいんじゃないの?

164 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 23:34:12
>>1は前提をまず理解しようぜ。

蜀の人口は94万と言われていてそれに比べて魏は400万。
兵は蜀滅亡時に全軍で10万居た。
これは姜維や諸葛瞻がミスした分を引いてなので
各拠点の防備兵を抜いたら北伐で使えた兵は5-10万なんだ。

いいか、蜀の国力で魏と戦うには何度引き分けてもいいが
一度でも大きく負けちゃダメなんだよ。
諸葛亮は兵を減らさないようにして一度も負けることなく立ち回った。
姜維は残念ながら段谷で大敗した。
姜維は優秀な司令官だが国を担う人材ではないと言う事だ。

165 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/23(木) 23:35:55
お?jomiえもんおかえり。

166 :1:2009/04/23(木) 23:50:12
うーん

だからさ。俺は一回も「孔明は無能では」スレ立てたとか
「蜀が滅びたのは孔明のせい」スレを立てたとか
言ってないわけじゃん。
新規の人も議論に入れるように考えてるのよ。
俺は常に初心者の人とか、客観的に見て解かりやすいか解かりづらいか
を考えて。スレを作ってるのに。

いままで俺が立てたスレはどちらかと言うと孔明批評みたいなスレだったから
今回はちょっと趣きを変えてキョウイスレとして誕生させたわけ。
だからいままでの「孔明は無能では」スレの続編としてではなく
キョウイスレとしてキョウイと孔明を比較していきたいのよ。

167 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 00:05:14
>>166
いや、だからスレ立てた経緯とか理由はこのさいどうでもいいからさ、
まず>>164の書いたことを理解してるの?

168 :1:2009/04/24(金) 00:08:45
まあ164のレスはさ
「引き分けでいいわけないじゃん」に一言に尽きる
というか。引き分けを続けた結果、蜀は滅びたし。

それと自分から出兵してなにも出来ず引き返したら
それは引き分けではなく敗戦だとおもうな。

169 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 00:17:37
引き分けを続けた結果、蜀が滅んだんじゃないと思うけど・・・
それに、大敗するよりは引き返したほうがよくないか?
糧食や兵士はすぐに用意出来るものじゃないし、
そもそも戦争するのにかなり費用がかかるしね。
魏との差を見ても兵士を無駄死にさせられないとは思わない?


170 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/24(金) 00:18:02
まぁ、目的が達成できないまま撤退に追い込まれるのは負けだろうな。

勝った事や負けた事そのものより、どういう経緯で、何が原因で勝った(負けた)のかの方が重要だけど。

171 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 00:27:06
引き分けを続けた結果、蜀は滅びた・・・????

172 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 00:32:26
>>170
何が原因でってのは考察するうえでの話でしょ?
1は勝った負けた事そのものではなく
後の結果どうなったのか(どうなるのか)が
全く理解できてない子だからまずそれを理解させないと
同じ話を繰り返すだけだと思うんだが。

173 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 00:39:44
少なくともあの状況じゃ
孔明の取った『勝率は低いけど絶対に大敗はしない』方針が最善だよ
魏は、長安を取られた所で、まだ洛陽始め大都市をいくつも擁するが
蜀は国力的に見ても漢中を抜かれたらほぼ詰み。つまり大敗は絶対に許されない。
したがって姜維の方針は分が悪い。魏延の策は論外。
関中と涼州を完全に平定して、潼関以西の地盤を固めた後なら
姜維の方針は大いにありだけどね

174 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 01:03:45
姜維の戦略自体は孔明より優れてるとも言えないか?
異民族の支援を取り付け隴西を切り取るってのは悪くないと思う
何より物資の補給が改善してるし

175 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 01:18:05
司馬懿が蜀にいればなー

176 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 01:23:52
>>174
優れているかどうかの判断は難しいな。
姜維と孔明は立場や状況や寿命が違う。
孔明も軻比能と連携していたのだし羌族(に限らず異民族)
との関係を深める戦略は模索中だったかもしれない。

177 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 01:29:21
みんな見事に1に釣られてますねw

178 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 01:32:45
司馬懿シークレットブーツ説

179 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 13:14:40
んじゃ次は仲達VS登艾でファイト?
孔明が調子良かったのは相手が弱かったから、ということになれば少しは姜維の弁護になろう

180 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 18:29:15
孔明がそれほど負担にならない戦争をしてたとして。
まあ大きな損害がなくずっと戦争してこれたとして。

その後どうする気だったんだろうか。長安とってどうなるの?
孔明はゴジョウゲンで54だろ。当時としては別にそれほど早死にって
訳じゃないだろうし。まあ成都をショウエンとヒイに任せて
自分が長安を復興させる気だったんだろうけどさ。
それをするのに何年かかる?結局後継者頼みの策になってるんじゃないの?

キョウイが居たから蜀は北伐続けられたが第一次でキョウイが降ってなかったら
蜀なんて目も当てられない状況になってたと思う。

181 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 19:31:23
>>180
それはジョークのつもり?
蜀が滅んだとき姜維は61歳だったんだが…。
その辺はいいのか?

182 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 19:38:27
>>180
その後どうする気だったのだろうって、
漢王朝を復興させるべく頑張るんじゃないの?
そもそも主君である劉備がそれをしたかったわけだしね。
ていうか、何のために諸葛亮は戦ってると思ってたの?

183 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 19:47:06
>>1お前少しは自分で考えろよ

184 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 19:51:22
>>1「釣れた釣れた」

185 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:04:05
このスレ最初から読んでみたんだけど、
「キャカツタン」に吹いたwww


186 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:06:08
>>182
そういう事ではない。50過ぎで若くもない孔明が
長安とってどうなるの?ッてこと。後継者もいないのに
後継者まかせの作戦になってるし。結局の所そんな作戦で
ほんとうに中国統一する気あったのかって感じ。
>>181
キョウイは常に大勝を狙ってたからOKじゃないかな。

187 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:08:07
>>180
姜維はあくまで軍人なんだ。
諸葛亮や蔣琬や費禕は政治と軍事を両方執行していた。

出身による派閥抗争という問題もあったし、そこで政治力を発揮できない
姜維は諸葛亮の後継者と言うにはほど遠い立場なわけよ。
姜維が北伐を敢行できたのは陳祗のおかげだよ。

188 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:09:41
諸葛亮が大勝狙ってなかったとどうして分かる?

189 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:19:01
>>187
大将軍昇進は武勲を考えたら当然の流れだし、やはりそこは戦争での勝利が姜維の権力地盤を支えていたという面が大なんじゃ?

190 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:39:13
>>141
>>後、孔明って敵の寝返りを促すとかの

孟達を寝返らせたのでは不満なのか・・・

孟達に帰参の書状送りながら流言し、明帝から孟達に
洛陽へ召喚状が来たので孟達は寝返りを決めたのだが。
まぁ司馬懿に看破されたけどさ。


191 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:43:37
姜維とて一発大勝できたとしてもあの状況で取れるのはせいぜい長安までじゃにいか
関中以西を占領・安定させて中原に向かう力を蓄え終わる頃には次世代に移ってる
見ろ、見事なカウンターで返した


192 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:46:58
諸葛亮の北伐という前例があったら
姜維もそれに倣うことができたんだろ。
何でわざわざ比べて
「姜維の方が優秀」とか言いたがるのか。

193 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 20:49:59
>>191
見事なカウンターだが1には多分効いていない。
カタカナ交えてもう少しわかりやすく頼む。

194 :1:2009/04/24(金) 20:50:48
キョウイは軍人なのか政治家なのかで結構意見分かれるんだよな。
実際内政はアホの宦官とショカツセイがやってたみたいだし。

けどその前はキョウイはショウシレイ?だっけ?一応政治家っぽい役職から
スタートしてるんだよね。しかもキョウイが政治家してた頃は宦官とかでしゃばってなかったみたいだし。

195 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 21:18:13
キョウイがトウガイたちにボロ勝ちできたとしても
ドウ関をはさんですぐお隣の洛陽には
そこだけで蜀軍を上回る数十万単位の兵士がいるから
取れたとしてもせいぜい長安までだし
長い間魏蜀が争う戦場だったために田畑もボロボロ、住民も疎開済みで
生産力も人口も蓄えもショボい涼州や長安を立て直す必要があり
涼州全土が蜀の領地としてまともに機能するようになるまで数年、
洛陽軍に対抗できるだけの兵力を集めるのに数年から十数年、
それだけの兵士を食べさせるだけの食糧を集めるのにもやはり数年
ああ、中原に進出する頃にはキョウイは60代どころか70代いってるんじゃないの
当然キョウイは年齢から一線を退いて次世代に移らざるを得ない
でもキョウイは後継者どころか信頼に足る直属の部下すらろくにいないよね
はい、蜀オワタ

196 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 21:39:06
>>195
ちょっと重いけど↓見てくれ
http://www.zrcx.com/Article/zggd/qhsg/200606/333.html

見慣れない所は西域(さいいき)といって、いくつかの国の集まりなんだが、
説明↓これ読んで。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~dnak/sangoku/saiiki3.htm

涼州を蜀がと獲ると西域が蜀の影響下に収まる。
そこからのアガリや交易での儲け、馬、兵力、勇将発掘など期待できる。

197 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:17:56
>>196
いや、西域を押さえることによる利点は知ってる
俺が言いたいのは
姜維は負けたらそれまで
大勝しても魏蜀双方の地力的に
結局次世代頼りになるのには変わりねーんじゃねーの、ってだけ

198 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:23:21
諸葛亮の北伐は俗にいう「攻勢防御」の戦略に立脚しているという説もあるな

199 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:26:36
>>196
いつの間に西域を取ったんだ?

200 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:27:49
>>197
悪い。よく読むと要点外してたわ。
名指しが間違ってた。ここん所の流れに対してのレスと思ってくれ。

201 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:32:46
>>199
魏が?
「説明」に書いてある。


202 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:42:35
西域貿易はあまり重視するものじゃないと俺は思うんだがな

203 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:46:12
>>201
いや実効支配してないだろ
朝貢してたら領土になるのかと。

204 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:48:57
>>203
だから「影響下」と。

205 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/24(金) 22:56:59
魏は漢王朝の制度を引き継ぎ、西域に「戊己校尉」を置いて、
ゴーチャンを管轄させ、その後はまた西域長史を置いて、
西域各地の多くの民族を管理させた。

朝貢が欠かされた年はなかった。

だそうな。

206 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 00:04:06
>>196
涼州さえ取れば国力が魏の1/5程度の蜀に西域王朝が
貢物を送ってくるとでも?


207 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 00:24:32
唐代ですら実効支配には最低数千単位の常駐軍が必要
西域はコストに見合わないとか言われてるので
一州確保がやっとの蜀には非現実的な方策と思われる。


208 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 00:42:54
>>206
もちろん。

>>207
益・雍・涼の三州。

209 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 00:45:07
>>207
それなら魏にとっても非現実的なんじゃね?

210 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 00:58:13
>>209
そう、だから魏のように規模が小さい王朝の場合
西域諸国へは「影響力がある」程度で済ませる。
本気で西域を押さえるなら、彼らを周辺異民族から
守る義務が生まれるので、前漢や唐のように巨大でないと難しいし
向こうも向こうでせいぜい朝貢して誼を通じておく位にしとくか
という線に落ち着く。

211 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 01:04:13
涼州取っても賊がいるので魏に貢物が送れませんで終わりだろうよ。
だいたい益州の人間で涼州取っても維持するのが難しいので
諸葛亮も姜維も勝っても撤退していったんだろうに。

なんでこんな間抜けな話をしているんだ。

212 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 01:13:16
おお、勝手に勝った気でいるよ

213 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 01:33:57
司隸、予州、兗州、徐州、青州、冀州、并州、幽州
涼州、益州、荊州、揚州、交州

214 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 02:24:23
>>213
なつかしいな。
初代ゲームボーイ版三国志

215 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 07:44:21
>>198
確かに、蜀は国土が狭いので国境を突破されたら詰みと言っていいし
緩衝地帯として雍・涼を影響下に置くというのはありだと思う
姜維についてはあと一歩だったんだけど
段谷で全てパー

216 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 09:21:23
>>198 >>215
「攻勢防御」に関するよくある受け答え
「諸葛亮はガチで長安取りにいってたと思うぞ。」

217 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 09:28:02
実際は防御の薄い第一次北伐のみが唯一のチャンスだったと思う>長安奪取
それ以降は段階的に隙を伺いつつ領土を侵食という方向に
変わっていってると思うけど…

姜維は雍・涼州切り取りの方向性が強い
いずれにせよ人口に乏しい蜀はいちかばちかのギャンブルは出来ない
(事実段谷で大失敗)
かといって待っていたら押しつぶされるわけだし

218 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 09:42:21
>>215
武都・陰平の二郡攻略というのも防衛戦略の色合いが強いな

219 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 10:01:26
4次では司馬懿を大敗させて敵の兵糧も刈り取ったところで
李厳のミスで蜀の輸送が切れて撤退。

5次では五丈原で軍屯しつつ陣引いて長期戦のところを過労死。

どっちも惜しかったと俺は思うんだがな。

220 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 10:05:30
五丈原で麦植えようとしたけど、益州から持ってきた種は育たなくって
屯田が不可能と知りその心労で病没したって話もあるよな

221 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 10:17:40
育たなかったらその時点で陣変えると思うけどな。
ところで司馬懿ってもしかして諸葛亮戦以外に敗戦ない?

222 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 10:42:35
>>221
ないだろうな
ケチをつけるなら230年の曹真を総司令官とした征蜀くらいのはず

223 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 10:56:39
ケ艾は無敗?

224 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 11:52:17
戦は無敗
しかし最期は一杯くわされた

225 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 11:56:19
第5次は全く惜しくないだろ
明帝の勅もあり、完全に防御専念の敵
頼りの呉はおまんちょにやられ、明帝の親征にびびり撤退

結局明帝にやられっぱなし

226 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 12:30:09
明帝ぱねえ

227 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 12:53:14
孔明の北伐は明帝との戦略合戦でもあったからな
まあ結果的に孔明は負けたが、相手が曹操の孫では仕方ない

228 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 12:54:05
第5次が一番可能性は高かっただろうな
ちゃんと呉と同時期に侵攻して戦力を東西に振り分けてた
惜しむらくは呉の弱さ

229 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:00:53
>>228
合肥新城は並大抵の硬さじゃないしなあ
それに孫権は張遼のトラウマ持ってるから速攻で撤退するのもわかるし

230 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:01:50
呉が荊州から攻めてもやられたんだよな

231 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:16:59
満寵や張遼が優秀すぎた
陸遜でも勝てなかったしな
孫権に勝てるわけも無い

232 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:22:11
4次で散々ボコられて張コウも失ったんだから
司馬懿も5次は正直びびってたと思うぞ。
五丈原に出てくれてほっとしてるような記述あるし。

諸葛亮は司馬懿と決戦して負けたらアウトだし
勝っても長安>潼関と抜かないといけないからなー

233 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:25:08
孫権は対蜀は優秀なのが痛い

234 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:31:56
勢力拡大は完全に無能だったら隆中対どおりの構想になってた
せっかく周ユが都合よく病死してくれたのにな
呂蒙が一年早く病死してればまだ分からない
陸遜、朱然、全ソウではまだ未知数だし二の足を踏んだかもね。

侯景、吉本、魏諷の乱が同時多発気味に起こってたら
北伐も勝算のない無謀な戦いではなかっただろう

235 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:34:05
曹操でなければ一代での統一も無理だろうが
文帝明帝以降は曹操の頃より隙がない
内乱の種を曹操がしっかり処分したからだけど

236 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:35:46
>>235
曹操でなければ、はおかしいじゃん
曹操自身統一できてないんだから

237 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:38:37
>>234
美周郎は曹仁戦の矢傷が元で発症したんだだろ?
曹仁すげーな

238 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:40:27
>>234-235
劉備が皇帝を僭称しちゃったのがな・・・
あれで中原の名士は劉備を見捨てた
北伐にも影響大だったろう

239 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:44:26
>>238
最初の北伐のとき一気に三郡が蜀に与するほど世間は蜀の方にシンパシー感じてたんじゃない?

240 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:47:36
>>57
漢籍の読みは基本的に漢音でやるの
ヤは漢音じゃない

議論したいならまずルールを守れ


241 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:52:13
>>235

曹操の残した反乱の芽を曹丕が僅か6年でほとんど摘み取り
曹叡が残りの芽を摘み、豪族達を抑えかけた

二代20年という短いスパンで制度作りの真っ最中に死ぬから司馬懿などによって弱い国造りをされてしまうけど

242 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:53:13
1は携帯なんじゃないのか
多分ゆとりの中高生なんだろう
能力の割に態度と権利意識がやたらでかい
この板は彼がまともな議論スキルを身に付けるための練習場にすぎないようだ

243 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 13:57:53
中原じゃねーし…

それはおいといても最初の北伐での三郡寝返りはどう見ても諸葛亮の離間工作の成果だろ
同時期に蜂起が失敗はするものの孟達にも離間工作かけて成功してるしな

244 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:01:22
姜維の北伐の頃に永嘉の乱みたいなのが起こってれば成算はあるね
姜維も諸葛カクも無能などではないけど、敵にも有能なのが多いし、
国が割れてる訳でもない相手に遠征して成功するのは無理だろう

245 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:01:34
>>241
曹氏三代の路線は仮に曹丕、曹叡が長寿だったとしても、どこかで一気に崩壊すると思うけどな
司馬懿たちに多くの士人が付いたということは、曹氏路線はかなり反感を買っていたということだよ

246 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:06:17
>>245
いや曹叡時代に司馬懿は全くそういう事はなかった
司馬懿が権勢を手に入れるのは曹芳時代に入ってから
それも幼弱の皇帝を曹爽が後見してた時代にやっと周囲の曹爽への反感と
自分や息子達の軍権を背景に強引に士人からの支持を取り付けたもので
曹氏路線は未完成のまま幼帝を迎えたから崩壊したに過ぎない

247 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:10:23
藩屏をカットした完全な郡県制を目指してたんだろうか
皇族冷遇は本当に意味がわからん
宦官(皇帝)、外戚、豪族のバランスを取るというのが一番大事だと思うのだが

248 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:11:03
>>244
段谷の敗戦の翌年に諸葛誕の反乱があったんだよね
そういう意味でもちぐはぐだなぁと
呉は相次ぐ内紛でもはや瓦解してるも同然だし

249 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:19:34
>>247
後漢のダメだと思った場所を多少ヒステリックに改善してった結果だろうな
ただ、司馬懿による中正法改悪とか無く、曹丕、曹叡の指向した皇帝による直接統治が成功してれば
曹魏はああいう終わり方はしなかっただろう

250 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:35:06
>>246
司馬懿は問題じゃないよ
司馬懿らを支持した連中の問題

曹爽時代だけならともかく、それ以後も多くの士人が司馬氏を支持し、司馬師死亡という大チャンスにも皇帝の意向よりも司馬昭への軍権継承を支持するほどあっという間に曹氏帝権は支持を失っていた
そもそも曹爽個人への反感というより、リーダーシップを発揮できる皇帝がいなくなった途端に曹氏を見限る気マンマンになるほど、内心では魏は支持されていなかったということじゃないかな
面従腹背ってやつだ

編者が晋人だから信憑性は薄いが、呉の張悌は「魏は暴虐で支持を失っている。司馬氏はその害を除いたから支持される」と発言してる
少なくとも晋はそういう公式見解を持っていたということで、かなりの誇張はあるにせよそういう認識は当時既にあったと思う

251 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:41:16
>>247
>>249
後漢は前漢以上に諸侯王が実力を持っていない時代だから、むしろ「後漢のイイと思ったところを(間違った方向に)改良した結果」だよ

魏が前漢、後漢と大きく違うのは、曹真や曹爽といった皇族が強大な軍権を握った点
漢では外戚がそのポジションに座っていた

「皇帝による直接統治」は優秀な皇帝が健在でないと出来ないので、幼帝や愚帝が出るとあっさり崩壊する
それどころか皇帝が具合悪くするだけで側近に無理に筆を執って詔勅書かされる始末なので、魏に必要とされたのは「皇帝の空白期間にも簒奪や分裂を避ける仕組み」だったんだろう

252 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:52:39
>>210-211
西域は高い山脈に囲まれた盆地で中央は大きな砂漠。
古くから東西交易で栄えた。

蜀(涼・雍・益州)に誼を通じる利点
東西交易は中華なしではあり得ない。
中華との交易へは必ず涼州を通らなければならない。
蜀無視で交易は不可能。
蜀といえば「蜀錦」。それだけでも結ぶ価値がある。
また、蜀から軍事支援を受けられれば、西域内での勢力を拡大を期待できる。

西域の一国が蜀と結べば
中華との交易を独占されるおそれがある
軍事面でもその国が西域の覇者になっていくおそれがある
そうさせない為にもこぞって誼を通じてくるはず。
経済・軍事・文化の3面で中華(蜀)と結ぶことは
大いに意味がある。

異民族といえば鮮卑
諸葛亮の時代、鮮卑の西部・中部は軻比能が支配していた。
魏という共通の敵を持つ蜀は軻比能と仲良くなれる。
鮮卑と同盟国である蜀の属国は侵略されない。
なので常駐軍は小規模でいい。

>>213
古い。雍州はもうあった。

253 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:53:51
鮮卑の行動理論は目の前にニンジン理論だしなぁ

254 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:56:04
「勢力を拡大を」ってのはマヌケだ…。「勢力拡大を」に訂正。

>>215-251
どうぞ、続けて。

255 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:57:18
>>252
蜀にしてみれば西北部は全部涼州だと思うが
司隷の西半分が食い込むけど

256 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 14:57:34
>>253
目の前の拳か人参か の違いしかない。

257 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:01:59
>>255
http://suginami-s.net/game/sangokuonsitu/jiten/map.html

諸葛亮伝にも「雍州」は出てくるが?

258 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:04:46
西域と結べばさも中華の覇者になれるような口ぶりだな
所詮異民族の一つに過ぎないんだが。

259 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:07:46
>>257
蜀に遥任の雍州刺史なんていたっけ?
晋の感覚で書いてたんじゃないのか

260 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:08:37
>>258
未来はあるさ。
涼・雍は土地価値以上においしい。

261 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:13:31
>>259
雍州は後漢時代にできた

262 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:15:50
>>261
それ興平元年(195)だろ
後漢は実質的に189で終わりだと思うが
あとは九州制とか郡の新設もおきまくりだし訳分からん

263 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:27:25
>>262
195年は後漢だろ。
後漢の滅亡は220年。

264 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:47:38
だからなんで諸侯が実質滅亡後の西涼軍閥や魏主導の区分けを認めるのかと。
劉弁も劉協もただの傀儡だろ。全国的な認知を受けてたのか?

諸葛亮伝には郭淮のことでしか乗ってないし、
馬超、魏延、姜維は涼州の牧か刺史。
また孫権伝の229年の記事にはカウントされてないじゃん。

六月,蜀遣衛尉陳震慶權踐位。
權乃參分天下,豫、青、徐、幽屬呉,
兗、冀、並、涼屬蜀。
其司州之土,以函谷關為界,

265 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:54:29
あんた何時代の人?
呉が知ってようがいまいが関係ないだろ
呉が知っていなくても雍州ってのは存在したし、
どの辺りのことを指すのかも分かってるだろ。
「雍州意味分からん。俺は認めん。」と主張したところでなんの意味もない。

266 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 15:58:05
>>257
「魏雍州刺史」って言ってるから、蜀としては認めていないことには変わらんよ

どっちにしろ口論するほどのことでもないが

267 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:02:14
>>255
だから「蜀にしてみれば」って言ってるやんけ。
建安にはあったの自体は知ってる。そこは否定してないだろ。

諸葛亮伝にも出てくるが、なんて意味不明な返しが気になった。
蜀にとっての涼州と魏にとっての涼州は別物じゃん。やれやれ

268 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:14:02
>>252
当時涼州を抑えていた魏が交易の恩恵を大いに受けた
という事をまず立証しない事には蜀が取れば
ウハウハという理論は難しいんじゃないだろうか。
というか世界史的にはこの時代の東西貿易は
衰退時期にあたるんじゃないかな?
あと鮮卑って西域まで勢力伸長してたっけ?



269 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:15:10
>>267
「歴史的にみれば」だよ。
>>255のツッコミが要らないんじゃないか?

270 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:22:45
>>268
それは言えてるが、魏は西域を重視していなかったんじゃないかな。
根拠無いけど。

蜀にとっての西域は魏にとっての西域よりも比重が大きい。(…く、なると思う。)
蜀が交易を拡大・開発することは戦略として充分ありうる。

>あと鮮卑って西域まで勢力伸長してたっけ?
詳しく知らんけど、勢力図的に隣接している。

271 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:25:51
全盛期の匈奴は西域をかなり押さえてるから、鮮卑も影響を与えていても不思議ではない

272 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:27:04
>>269
責任転嫁とか感じわるいなーw
>>252の方が余計だったとかは思わないのかよ。
怒りはしないがただ呆れるのみだ。

273 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:34:14
>>270
よく考えたら、当時(3世紀)はローマも大混乱時代で
東西共に余裕が全然ない。
そういう状況下で中間の道を確保しても
あまり意味がないんじゃなかろうか。

274 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:36:43
>>272
そっか?

俺も怒りはしないが、拘るやっちゃなーと呆れてる

275 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 16:54:48
檀石槐伝の一部
檀石槐は高柳の北を去ること三百余里、弾汗山の啜仇水のほとりに本拠を置いた。
軍隊は非常に強力で、東西の部族の首長は皆帰順した。
よって、南は辺境をさらい、北は丁零を防ぎ、東は夫余を斥け、西は烏孫を撃ち、
匈奴の故地に尽く拠り、
東西で一万四千余里、南北で七千余里、山川水沢塩池を網羅した。

276 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 17:34:17
ふたりとも天下どころか長安にすらたどり着けませんでした

277 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 17:34:34
>>274
>>274
>>274

いてぇ。俺なら黙るか逃げる

278 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 17:42:21
>>272
>>272
>>272

いてぇ。俺なら黙るか逃げる
日本語もまともに理解出来ない馬鹿は死ねよ

279 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 17:46:05
>>278
いや、>>277は俺じゃないし。
なんでもかんでも人に振るな。

280 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 17:48:02
魏国境の呉と蜀が隣接してる場所に呉と一緒に攻め込む計画は無かったんだろうか

281 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 17:48:14
>>273
商人が貿易するんじゃない?
混乱といっても中央の政争で、周辺での武威は損なわれてなかったんじゃないかと思うけど


282 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 17:56:11
277と288は同じやつだろ?

283 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 17:57:33
>>280
ショウエンの川くだりがそれっぽいが、蜀総出で反対した

284 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:16:43
夷陵の大敗がもろにフラッシュバックするな

285 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:20:40
>それは言えてるが、魏は西域を重視していなかったんじゃないかな。
>根拠無いけど。
>蜀にとっての西域は魏にとっての西域よりも比重が大きい。(…く、なると思う。)
>蜀が交易を拡大・開発することは戦略として充分ありうる。

この辺の根拠なき理論展開が1臭くてウザい

286 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:22:41
>>281
いわゆる軍人皇帝時代だから
内乱状態に近い。辺境の軍備もガタガタになって
ゲルマン民族の侵入が起きてる。

287 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:25:31
>>285
実力以上に態度がでかいのも似ているな

288 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:30:27
というか1だろう

289 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:40:29
1ではないなぁ。

>>285
根拠がないものは仕方ない。
魏に記録もない。蜀は涼州を獲ることが適わなかった。
南蛮に関しても動きがなかった内は南蛮と蜀がどうなっていくか根拠は示せない。


290 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:50:26
西域に夢見すぎだな
妄想乙

291 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:51:01
そりゃ西遊記の舞台だしな

292 :1:2009/04/25(土) 18:52:01
ところでダンヤ(このスレの人たちはダンコクって言ってるみたいだが)
がやたら大敗って言ってるけどどこにそんな大敗って書いてるんだ?
多大な戦死者とは書いてあるけど具体的な数字は書いてないし。
そもそもコセイと落ち合う予定だったって事は全軍を率いてたわけじゃなく
半分半分ぐらいの軍でしょ。それほど被害なかったと思う。
その一年後には普通に出陣できたみたいだし。

孔明のガイテイの方がひどかったんじゃないの?

293 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 18:53:00
>>286
ゲルマン人は4世紀。
それにどこが勢力を持っていようが西洋に変わりない。
東ゴート族相手でもいいんじゃん?
貿易できないということにはならないのでは。

294 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:01:42
>>292
>>289が馬鹿なのは事実だが1ほどではないな
ダンヤってなんだ

295 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:04:50
>>293
いわゆる375年のゲルマン大移動以前にも
ゲルマンの侵入は度々起こっております。
あと東ゴートが強勢になるのは5世紀。

296 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:05:58
>>292
ダンコクで失って痛いのは戦死者の数もあるが、
それ以上に経験豊富な歴戦の将や部隊長を多数失ったことだ
これにより軍全体の質低下はもとより
指揮系統や軍威がガタガタになったのは想像に難くなく
事実その後離反が相次いだ。

一年後の出兵は諸葛誕の乱に乗じて半ば強引に出兵しただけであり
事実、諸葛誕が敗れたのを知ると戦わずに撤退したあたり
まともにぶつかってはとても戦える戦力ではなかったということであろう

297 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:06:02
>>292
人材面の被害が大きかったと思う
孔明以来の歴戦の兵が多数死んだみたいだし
ただでさえ人口の面で魏に大きく水をあけられているわけだし
(魏が500万、蜀が80万くらいだったと記憶)
それとこの敗戦で他所者に過ぎなかった姜維の立場が大きく揺らぎ
宮廷を掌握できなくなった可能性もある

ちなみに蜀征伐の時点で魏は20万を動員してきたわけだけど
蜀は逆さに振っても10万しか動員できなかったようだ

298 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:06:03
>>292
おまえの書き込みを見てると頭がおかしくなりそうだw
このスレの人、たちじゃねーだろ
諸葛孔明を日本人だから「もろくずあなあきら」とか読むのかおまえは

299 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:07:11
想像力欠如じゃ理解できんのもしょうがない。

300 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:23:58
1の希代の教わり上手っぷりといい、皆して楽しそうでいいな。
支援真紀子してくわ。


301 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:24:24
ややもすると万、の損害でしょ?
まあ姜維には同情するよ…魏や呉ではもっとアホな戦争してる奴いるしな
蜀だからこの損害が痛手って側面はある…でも痛い負けなのは確かだった

302 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:27:10
立場的にも姜維は難しかっただろうね
孔明という後ろ盾を失って魏の降将ということもあって孤立気味だったとか

303 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:27:40
1の理論からすると
姜維の姜も
キョウじゃなく生姜のガでもいいんじゃね

304 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:41:04
wikiより

段谷の戦い(だんこくのたたかい)は中国三国時代に行われた蜀と魏の戦い。
魏は2桁にのぼる将を斬り、4桁の兵の首級をあげ、
捕虜と討ち取った敵兵を合わせると1万人に近かったといわれる。
すなわち蜀は、諸葛亮の北伐時代から転戦している経験豊富な精鋭の外征軍と、
それを率いる優秀な部隊長の多くを失った。


305 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/25(土) 19:42:21
段谷で敗れた時の被害は、高貴郷公紀に載っている詔勅で、
「首を斬った者と生け捕りにした者の数は、ややもすれば万に達する」
で、ケ艾伝の方に載っている詔勅では、「斬った将は二桁、挙げた首級は四桁」となっている。

これがどれだけ誇張されてるかは分からんが、そのまま信じれば、
数千の戦死者と、それと同程度の捕虜を出した敗北という事になる。
ここで言う将というのは、被害の大きさを考えると裨将軍クラスかな。

306 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 19:54:45
原文では
星散流離,死者甚衆
とあるし、ただの負け戦とするのは無理があるかな。


307 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/25(土) 20:06:25
>>304
Wikipediaの「すなわち〜中略〜言えるだろう」までは、独自研究の範疇であって載せるべきではないと思うけどね。
諸葛亮時代から転戦しているだとかはどこにも書かれてないしね。

308 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 20:30:50
たしかにな

309 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 20:38:03
jominianの旦那は司馬懿とケ艾はどっちが優れてたと思うよ?

310 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 20:46:49
>>304
微妙な既視感に襲われたと思ったら、これ最初に書いた人、俺のサイトも参考にしてたみたいだね
最後のフレーズがほぼまるまる残ってるわ。

311 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:00:55
>>305
そもそも>>1は蜀書のみ、それもちくま版しか読んでいない

にもかかわらず北伐を蜀書のみを以って論じられると誤認もしていれば、
紀伝体という史書を読み解いていくうえでの基本的な知識も持ち合わせてない

だから

>やたら大敗って言ってるけどどこにそんな大敗って書いてるんだ?
>多大な戦死者とは書いてあるけど具体的な数字は書いてないし

こんな事を平然と言ってのけられる

312 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:01:37
ニセクロキタ━━━━ヽ(・∀・` )ノ━━━━!!!!
あとはむじんとひろおが来れば完璧だな

313 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/25(土) 21:15:24
>>309
俺はそういう風に優劣付けるの得意じゃないんだよね。
全体で見てどっちが上かまでは、はっきり言って俺には計りかねるが、
負け戦をも勝ち戦に変えてしまうような凄みは、ケ艾の方がありそうな気がする。

>>311
そりゃ分かってるが、誰かが勘違いしないとも限らないので、
明らかに間違っている事については訂正すべきだろうと思う。

314 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:19:39
>>1
整理してスレまとめろ

315 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:23:38
>>307
姜維戦争全史、大変興味深く読ませていただきました!

316 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/25(土) 21:39:40
>>315
ありがとうございます。
ネタが枯渇していて更新ができないのが申し訳ないですけど

317 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:45:07
Jominianって人、ありがとうございますとか言う人だったんだ。。
多スレでそうは思えなかったんだけど。。

俺も勉強させてもらいました。

318 :1:2009/04/25(土) 21:48:19
なるほど魏書かトウガイ伝に書いてるのか。
けど1万か。その前の戦でキョウイも敵兵数万倒してるからな。
数万って事は1.2万じゃないでしょ。下手したら6.7万かもしれん。

まあけどトウガイはおそらく魏で一番の名将と考えていいんじゃないだろうか。
キョウイにビビってあまりキョウイとは真正面から戦わなかったみたいだが
挑発とかに応じなかったり奇襲したりまあ名将だろうな。
曹操とかと比べても遜色ないぐらい。
シバイは結局引きこもるだけの凡将だったから トウガイ>シバイだろうな。

魏書読めばもう少し詳しい批評が出来ると思うが
魏書って4冊あるんだよな。しかも一冊1500円だろ。6000円の出費は痛い。
見たいのは 曹操伝 カクカ ジュンイク チョウリョウ シバイ トウガイ
ぐらいだし。



319 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:49:13
どこのスレだよw
人格、知識ともに三戦スレの至宝と言っていい

320 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:51:56
>>318
ttp://www.hoolulu.com/zh/
ttp://ms.chgsh.chc.edu.tw/~chi/chi_ebook/

321 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:54:08
>>319
そのとき結構偉そう口調だったから。

322 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 21:54:49
「だね。」
とか

323 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 22:11:08
数万って事は1.2万じゃないでしょ。下手したら6.7万かもしれん。
↑馬鹿なのこいつ

324 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 22:12:08
>>310
更新まだー?
あと黒孔明先生の続きまだー?

>>316
>>314と同じく面白く読まさせて頂きました。
もし寸志を送れるシステムでもあれば遠慮なく送りたいと思う文章でした。
どっかから出版することになったら是非ご一報下さい。
買いますんで。

325 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 22:12:32
>>318
全部買おうよ?楽しいよ?

326 :1:2009/04/25(土) 22:16:27
関係ないがコテとかつけると結構気を使うんだよ。
前とあからさまに違う文体や態度になったらおかしいし
常に見られてる感じがしてくる。

俺も「1」というのをつけてレスする時は結構気を使ってるんだよね。
しかも俺の場合はスレの立ち居地的に悪役になるから
あまりいい子的レスもできないが。立場的に罵詈雑言とか
悪口、悪態もつけない。まあ元々2ちゃんで他の人を馬鹿にするような
人間でもないんだけど。

カタカナとかを続けてるのも実は1というのを解かりやすくするために
やってる面もある。ダンヤなんてのは別にダンコクに直してもいいんだけど。
いきなり直したらおかしいでしょ?

327 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 22:23:23
1はやれば出来る子VIPな子

>>324
孔明センセは黒くなんかありません!><
ただ、ちょっと知力が100なだけなんです!><

久々に楽しかった。長居したみたいだから帰る

328 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 22:23:26
>>1
わかってる。気にしすぎ。
マスコットみたいなもんだよ

329 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 22:37:30
孔明とケ艾が戦えばどうだっただろうか?

自分が初めて読んだ三国志では全ての策をケ艾に看破された
姜維が涙ながらに孔明の廟に詫びるシーンとかが描かれていて
そりゃもう絶望的な気分になったもんだ

330 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 22:52:53
>>329その三国志の題名を教えて。
ちょっと読んでみる。

331 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 23:03:54
柴錬だろ。
当時それは小説だと何度説明しても1はわかってくれなかった。

332 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 23:24:49
俺が初めて姜維を知ったのは画本三国志だったな
で、普通出陣の前に軍師が偉そうに机に座って卒塔婆みたいなのを各将軍に渡して「どこそこに伏せておいて合図があったら攻撃に移れ」と指示を出すんだが
(こういう光景も最近の三国志じゃ見掛けなくなったなあ)
姜維は各人に指示出した後槍持って馬乗ってそのまま自分で先鋒やるというのが印象に残っている
孔明の頃は何だかんだ言ってても高翔とか呉班とか手足になる名前つきがたくさんいたけど
姜維の活躍する11、12巻頃は遠征軍を4、5人で手分けしてる有様だったと記憶している

333 :ひょーりみ ◆e/dIJRgbGM :2009/04/25(土) 23:30:23
で、結局孔明と郭淮はどっちが強いの?

334 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/25(土) 23:59:30
孔明

335 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 06:23:51
>>333
そりゃ朱里だろ郭淮はまだ出てきてないんだから

336 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 12:42:58
結論、孔明が強く評価が高いのは講談補正

337 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 13:09:02
2群とったからってな。それだけじゃな。中の上でしょいっても。
曹操とか劉備とかの方が軍事面じゃ上なきがする。
カンウとかね。シュウユとかでもいいけど。

338 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 13:34:09
曹丕と同じ年に生まれる。曹操に才能を見いだされて漢中征伐に随行する。その後、夏侯淵の司馬として漢中の守りにつく。

219年(郭淮:33歳 諸葛亮:39歳 姜維:18歳)
 夏侯淵が黄忠に斬られると、混乱する兵士を取りまとめ、張合βの司馬となる。
228年(郭淮:42歳 諸葛亮:48歳 姜維:27歳)
 諸葛亮が北伐してくると、街亭の馬謖を張合βが、烈柳城の高翔を郭淮がそれぞれ撃破する。
 この年、郭淮の配下の姜維が蜀漢に降る。
230年(郭淮:44歳 諸葛亮:50歳 姜維:29歳)
 魏延が郭淮を破る。
231年(郭淮:45歳 諸葛亮:51歳 姜維:30歳)
 張合βが司馬懿に殺される。
234年(郭淮:48歳 諸葛亮:54歳 姜維:33歳)
 諸葛亮が北伐してくると、迎撃する。
240年(郭淮:54歳 姜維:39歳)
 姜維が北伐してくると、追撃する。
244年(郭淮:58歳 姜維:43歳)
 蜀漢の混乱に乗じた、曹爽・夏侯玄の軍に随行するが、やる気がないので王平なんかに敗れる。
247年(郭淮:61歳 姜維:46歳)
 姜維が北伐してくると、夏侯覇と共に撃退する。
249年(郭淮:63歳 姜維:48歳)
 曹爽が誅殺され夏侯覇が亡命する。征西将軍・都督雍涼諸軍事となり、対蜀軍戦線の総司令官に登りつめる。

250年(郭淮:64歳 姜維:49歳)
車騎将軍となる。

251年(郭淮:65歳 姜維:50歳)
妹の兄・で太尉の王凌が、司馬氏討伐の軍を挙げ敗死するが、当然ながら郭淮は不問に付される。

255年(郭淮:69歳 姜維:55歳)
死ぬ。大将軍を追贈される。



339 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 13:36:17
>>338
能力はあるけどサボタージュする不埒者で、縁者が反乱しても権力者に擦り寄って事なきを得る狸
ってことでおk?

340 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 13:46:28
>>339
だいだいおk 244年は司馬昭も参加してるので2人で共謀した疑いあり。
夏侯淵をみすみす死なせたこと。
張合βをむざむざ死なせたこと。
王凌の計画をばらして死なせたこと。
全部、郭淮が絡んでる。


341 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 14:09:25
みじかにいたキョウイやカコウハもカクワイから離れているので
大した人物ではなさそうだな。カクワイは。

342 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 14:10:30
もうさ、この際>>1にやってあげるべきことは、
論理的に間違いを正してあげることや、知識を教えてあげることじゃなくて、
間違いを見逃して鵜呑みにしてあげることなんじゃないだろうか。

343 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 15:52:29
>>340 >>341

夏侯淵をみすみす死なせたせいか夏侯覇とも仲が悪くて
夏侯覇が出奔した一因にもなってるね。
しかし郭淮は名将だと思うよ。

344 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 16:06:31
>>338
238年の戦いは?
王贇と游奕を分散して前進させたために廖化ごときにやられた
明帝が「軍隊は分散するものではない」と郭淮に指示を出したが時既に遅し

345 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 16:15:28
ところで孔明の遺言であるとされるゴジョウゲンの撤退方法だが
どこまで孔明の策なんだろうと思う。ギエン伝の方にちょっと書かれてるけど
孔明の遺言ではただ単にギエンが命令違反するなら軍はそのまま帰るように

みたいな事だったけどこれってずいぶんあぶないよね。下手したらその場で
内紛になる可能性あるし。魏が撤退したのはどうもキョウイの策っぽいんだよな。
三国志正史5巻蜀書ちくま文庫版の140Pにあるんだけど

ヨウギが軍勢を整えて出発すると民衆がシバイに報告した
シバイは追撃した【キョウイはヨウギに命じて】軍旗を返し陣太鼓をうち
鳴らしてシバイに立ち向かわんとする様子を示した
シバイは引き退き近づかなかった。

どうよ。これつまり「死せる孔明生けるチュウタツを走らす」ってキョウイの策って
事にならないか。ヨウギは撤退負かされてるはずなのにもうキョウイのほうが
立場が上みたいになってるのも興味深い

それとどうでもいいことだがヨウギって二人居るんだな。
どっちも似たような奴なんで紛らわしいな。

346 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 16:26:50
どこも紛らわしくなんぞないが

347 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 16:29:26
何だかんだ言って、カタカナの人のスレは伸びるんだなw
>>342の言う通りだと思う

348 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 16:30:23
>>345
おとなしく撤退させるつもりは無いから嫌がらせは仕掛けるが、特に益も無いから反撃したら守りに戻る

・・・・って言うだけの、司馬イの基本方針そのものだよな。

349 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 16:42:07
諸葛亮は退却と見せかけた釣りで何度か仲達を痛い目に合わせてる。
そういった伏線が生きただけの事。


350 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 17:38:40
1はリアル厨房だからなぁ

351 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 17:39:35
さらに深めて言うとだよ。軍事面においてゴジョウゲンの撤退時にはもうキョウイは
ヨウギより上だったわけでしょ。たぶんギエンについでNO2.
孔明の第二次北伐、第3次北伐、第四次北伐でキョウイがかなりの手柄を立てたって
事でしょ

352 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 17:45:46
単純に退却戦が得意な孔明に何度も食わされてるから
おっかなくてしかけられなかっただけ

353 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 17:47:35
けどヨウギとかは谷に入った時点で喪を発表したんでしょ。
そこでシバイが蜀を攻めなかったッてことは孔明より
キョウイにビビッテたって事にならないか?

354 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 17:55:38
ならない
魏(というか司馬が)蜀兵に対して恐れるポイントがあったとすれば
まず兵の圧倒的な練度、装備の差
こればっかりは孔明が死んでも変わらない

次に率いてる指揮官である孔明
油断や、失策があればそこをつけるだけの能力を持つ指揮官 ようは名将
そんな人間が自分が死ぬ際に 難度の高い撤退戦において指示を出していないはずがない
という考えがあったのは間違いない

あの時期の生姜は恐れられるような将ではないし
ましてや彼は死ぬまで司馬イにも孔明にも追いつくことはなかった 

355 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 18:07:23
こういう姜維儲ですらない似非姜維儲ってアンチより性質がわるいな

356 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 18:07:31
それは姜維を甘くみすぎでは。

357 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 18:10:21
彼も名将の一角であることには変わらないが時代を動かせる将ではなかったというだけ
甘く見たのではなくこれが事実
大きな例でいえば曹操と李世民の差のようなもの

358 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 19:10:13
正史にろくな記載のない馬岱はともかくとして
車騎将軍・呉懿や驃騎将軍・呉班などの存在も完全スルーなあたりもうね

359 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 19:22:40
>>キョウイはヨウギより上だったわけでしょ。たぶんギエンについでNO2.

蜀は派閥抗争が激しいから新参の姜維にそんなに発言権ないわけよ。
軍才はあっただろうけどここから20年近い長い飼い殺しの時期が始まるんだ。
姜維は降将としては異例の出世をしている方だけどそれは諸葛亮のおかげだろうね。


360 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 21:39:50
>>359
247年に録尚書事になってるのに飼い殺し状態だったと言うのはどうかと
東征の段階ですら蒋苑の副官なんだから十分過ぎるほどの地位は与えられてる

361 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 22:03:12
>>360
費禕が死ぬまで大軍をもって敵に当たる権利は持っていなかったはず。
230年に魏延と呉懿が羌中で戦った以下の軍兵しか動かせなかったかと。
地位に関しては十分過ぎると思うよ。ただ政治力がないというか
政治に興味がなさそうな姜維にとっては段階の途中だったのでは?
という意見と言う事で。

362 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/26(日) 22:12:10
権力者の椅子が回ってくる順番を待ってるだけの状態なのに
激しい派閥抗争で発言権がないと表現していいのだろうか…>姜維

363 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/27(月) 01:08:08
>>351
五丈原の時点での姜維の扱いについて話しているのか?
漢晋春秋の記述をもとに姜維を魏延に次ぐ位置としているようだが、
それだけで断じる事はできんだろう。

この時の楊儀は領長史綏軍将軍で、姜維の方は行中護軍征南将軍だと考えられる。
楊儀はあくまで丞相府の、それも行政部門のNo.2であり、
将軍位も持っているが五軍全ての指揮が執れるほどの重みは無い。
丞相府における格で言えば楊儀が上だが、将軍位や軍隊における実際の指揮権は姜維の方が上。
また、丞相が死んだので、前軍の指揮は督前部と前軍師らが執り、
左軍は督左部ら、右軍は督右部ら、後軍は督後部らが執るのが自然だろう。
そして諸葛亮直属の中軍に関しては中監軍辺りが臨時に指揮を執る事になると思う。
しかしながら当時の中監軍ケ芝は督左部を兼任しているので、中護軍の姜維が指揮を執ったのだと思う。

魏延を後衛、その次に姜維を位置させたのだから、魏延が後衛を拒否して勝手に南下した以上、
直接魏軍と当たるのは姜維指揮の中軍であり、その点で楊儀より上なのは当然。
しかし、それはあくまで中軍の指揮権においてなので、蜀軍全体で魏延に次ぐ位置だったかは判断できない。
李厳の弾劾をする際の上表で姜維の上にいるのは、
劉琰、魏延、袁綝、呉懿、高翔、呉班、楊儀、ケ芝、劉邕、費禕、許允、丁咸、劉敏の13人。
その後の三年でどれだけの人間を姜維が追い越したかは分からないが、
呉懿、高翔、呉班、袁綝、ケ芝は生きており、姜維が彼らより高位にあったとは考え難い。
特に呉懿は、五丈原より退いた直後に車騎将軍督漢中に上ってるしね。

364 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 01:14:15
おっjomiえもんおかえり。

365 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 08:36:27
孔明はギエンが裏切ると予想してたわけだから
実質シバイとの撤退戦をキョウイに任せたって事になるのかな。

366 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 10:01:30
それらしいスレがあったんで久しぶりに覗いてみたけど
1くんは都合の悪いレスをスルーしてるんだな、相変わらず…。
全然成長してないじゃん…。

367 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 10:02:08
成長したら1じゃなくなるだろ!

368 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 12:36:16
>>365
元々兵士を訓練し纏めあげる才を買ってたようだから遺漏なく撤退させるのには最適と思ったかも

369 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 13:57:07
>>363
Jomiえもんは三国志歴どのくらいなの?

370 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 19:45:00
考えてみれば蜀は軍事に至っては姜維1人が屋台骨を支えていたようなもので
魏はケ艾、鐘会だけじゃなく杜預や羊コや王渾、王濬、王戎ら
姜維クラスの名将がゴロゴロいたんだからなぁ

371 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 20:16:54
>>370
郭淮や陳泰も入れてあげてください

372 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 20:18:03
蜀はあの時代キョウイ以外居なかったわけでしょ。
トウガイが攻めてきた時に防いだのがショカツセンだからな。
こんな実勢経験なさそうな奴しか居ないなんてもうきついな。
いかに中央が腐敗しきってたかって事なんだおるけど。

373 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 20:33:21
>>371
その2人は前述の連中よりはやや落ちるかな
ケ艾=鐘会>羊コ=姜維>杜預〜

軍事面だけならこんな感じかな
謀略・政略も含めると鐘会が抜け出す感じ

374 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 20:54:27
姜維の評価が低いって。国力差とか攻め込む為の苦労とか
考えたら姜維はあの時代でTOPクラスだと思う。

375 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 20:59:03
閻宇に関しては評価そのものが無いんだよな

376 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 21:03:12
>>375
正史に伝がないからだろうな。語りようがない。

377 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 21:27:06
http://nvc.halsnet.com/jhattori/green-net/911terror/nyterror.htm
http://www.geocities.jp/yhp20010911/index.html


378 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/27(月) 22:12:05
>>370
さすがに王戎を姜維クラスとするのは無理があるだろう。
征呉の面子で優れた司令官と言えるのは、王渾、王濬、杜預の三人くらいじゃないかと思う。

>>369
三国志に興味を持ち始めてからの期間という事なら、
天地を喰らうU諸葛孔明伝をプレイした頃なので17年程になる。
ちくまの正史三国志を買ったのが7年前くらいで、考察を始めたのは5年前くらい。

379 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 22:19:22
ゲームきっかけなのか。意外だな。

380 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 22:21:00
俺もPCについてた三国志孔明伝の体験版がきっかけだったな
トータルウォーがついてたらローマ厨になってたかも

381 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 22:33:58
>>378
>王渾、王濬、杜預の三人くらい〜
それでも多いよ、この中のせめて1人でも蜀にいれば
姜維の負担は大きく減っただろうね

382 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 22:40:14
そいつらがいても、張翼や廖化が軍を率いることには代わりないから、
姜維軍の幕僚が豪華になるだけで、大勢に影響ないと思うんだけどな。

383 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 22:43:50
胡済が来るのか来ないのかはっきり意思表示してただけで大分変わる

384 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/27(月) 22:45:31
>>379
子供が興味を持つきっかけなんて、マンガかゲームくらいなもんじゃない?

>>381-382
「〜がいれば」という話は、その人物がどう扱われるかも考える必要はあるだろうね。
三人の中だったら杜預か王渾が良いと思う。夏侯覇とか胡済辺りのポジションで。

385 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 22:55:34
参謀としては杜預がいいかもね、イケイケな姜維を押さえることも
できそうだし、夏侯覇を実戦部隊に回せるし

386 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 22:56:39
決して超えられない壁のケ艾が居るからダメだろ

387 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 22:58:51
>>386
やっぱりケ艾は姜維はもとより杜預や羊コらと比べても別格かな?


388 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 23:01:38
そもそも、魏の降将ばかりの軍隊が漢中にいたら困るだろ。

389 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/27(月) 23:55:57
>>387
ケ艾は同僚との折り合いが悪い人間だから、十万とか二十万とかの、
一人の司令官が統率するには大きすぎる規模の軍を率いての戦争遂行に不安がある。
まぁ、鍾会でもできているしケ艾にも可能かもしれないが、
鍾会は、危険視され信用されない人間ではあっても、
同僚との決定的な反目があるというわけではなかったので、その辺はケ艾の方が厳しいかもしれない。

390 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/27(月) 23:59:18
>>389
ケ艾は内気な軍事オタって感じで皆に侮られていた印象があるなぁ
鍾会は嫌味なお坊ちゃんって感じだ

391 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:01:46
>>390
元屯田民なんて毛並みの良い将や官僚からしたら最下層みたいなもんだからねえ

392 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:02:10
>>384
個人的には
『魏延がいればなぁ・・・』という感想が。

393 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:03:18
>>390
ヲタなのは軍事だけじゃない、土木事業もだ!!

394 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:04:46
>>390
艾艾、地図もつくっちゃうぞ〜

395 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:05:55
ケ艾は現代日本風にいうと派遣出身で北海道知事みたいな感じだろうか

396 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:07:32
ケ艾のような人物を引き上げたのが、曹氏が制定した九品官人法の制度ではなく司馬氏の抜擢だったというのは皮肉

397 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/28(火) 00:15:31
西土の名士段灼こそがケ艾の心の友

>>392
魏延に任せても上手くいくとは思えないし、諸葛亮の頃より遥かに劣勢な姜維の時代に、
魏延一人が増えたところでどうしようもないように思えるが。

398 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:16:09
劉淵が蜀にいれば

399 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:42:15
>>392
長安奇襲なんていう客観的に見て勝率の低い策を蹴られて逆恨みするようでは
味方を掻き回すことはあってもプラスにならんな

400 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 00:53:11
>>399
逆恨みして謀反って、正史でもそうなってるの?
・・・実は魏延の伝は読んだ事が無いので

でも、長期に渡って対魏戦線を張っていたエキスパートだぜ。
司馬イは対孟達戦で、魏延の立案以上の無理な行軍していなかったっけ?
子午谷を抜けて長安を急襲って、勝算がまるで無かったと思っていいのかな?

401 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 01:07:22
>>400
対孟達戦は後ろを遮断される心配がないからじゃないの?

子午谷ルートはたとえ長安を奪えても補給が続かないだろうし
それ以前に長安そのものを落とせるかがすでに賭け
攻略に手間取ってる間に背後を遮断されれば詰み
どこかに魏軍本隊を引きつけた上ならありかもしれないけど

第一次の街亭ってもしかしてそうなのかな?

402 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 09:21:11
>でも、長期に渡って対魏戦線を張っていたエキスパートだぜ。
魏延信者はみんなそういうけど、憶測で兵を挙げ総スカンされ謀反者の烙印を押されたということを忘れてないか?
長安奇襲だって自分が行けば守将が逃亡するという身勝手な憶測に頼った策であり
全軍司令たる諸葛亮にはまともに取り上げちゃいけない義務がある
それでも黙って槍働きに徹してればいいんだけど、常識的な判断をした司令官に対して臆病者と陰口をたたくようでは救いようがない

403 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 09:31:22
ギエンに関してはヨウギとかショウエンヒイに貶められた感じがするな。
勝てば官軍って感じで権力争いに勝った方がギエンをぼろ糞に
した感じがする。ギエンは親族みな処刑されたみたいだし。

404 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 09:32:12
徐質や文鶯が蜀にいたらなー

405 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 09:48:47
ショウエンヒイって誰?

406 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 10:30:33
決定打にはならんだろうが、姜維の参謀というなら王基や王昶クラスでなければ
務まらん様にも思うな

尤も廖化や張翼では制肘しきれなかった部分こそが最も重要にも思うのではあるが

407 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 10:57:46
>>403
その権力闘争の積み重ねが歴史そのものだからね。
仕方ないよ。
残された者たちが三族処刑という排除方法しか取れなかった魏延を
曲がりなり(?)にも使いこなしていたんだから、
諸葛亮を少しくらいは評価してあげて下さい。^^

408 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 12:06:26
そろそろこの糞スレを削除しようか。

409 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 12:17:24
キョウイは孔明のオッパイ飲んで育ったって本当?

410 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 12:18:49
ショウエンヒイ時代こそ暗黒の時代だったのかもな。
キョウイもこの二人が生きてる時はおとなしくしてたみたいだし。

かなりの独裁をしてた可能性もある。ヒイにいたっては暗殺されてるわけだし
相当恨みかってたんだろうな。

411 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 12:22:37
ヒィ('A` )

412 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 12:44:54
ヒイだけにヒイヒイ言ってたのか

413 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 12:47:36
何かを疑問を提示する能力に関しては、ここにいるほとんどが>>1より下等なんだよなw

414 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 12:48:23
ドラゴンボールに例えてくれ

415 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 12:49:33
>>414
ドラゴンボールで例えるのは無理。

416 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 13:08:20
>>413
皆それなりに自分で調べて納得してるから疑問を提示してこないだけじゃないの
1は子供がわからない事何でも聞いてくるのと一緒だろ

417 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 13:16:56
>>410
もしそうだとしたら、悪政の独裁を黙って指をくわえて見てた姜維マジ無能って事ですね

418 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 16:39:49
>>413

だが全てが>>1より優秀だ。
普通6スレ位だっけ?
フルボッコにされてれば>>1以外は自分の異常な考え方を改める。
だが>>1はあえてそれをしないw
まじ、初期状態そのまま逝ってる辺りの行動力パネーっすよw

419 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 17:36:17
自分の知り得た少ない知識が正しいと盲信して他人の意見を全く聞かない

まさに厨房

420 :1:2009/04/28(火) 18:04:58
いや。俺はそれほど間違った事を言ってないからな。
孔明はチンジュやハイショウシだってそこまで絶賛してないし
今の孔明の絶賛のされ方は過剰だと思う。
おそらくゲームの影響も多いんだろうけどね。
それにネット孔明支持者も都合の悪いレスとかスルーしてるしね。

俺は限りなくするーしないようにしてるよ。

421 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:08:34
>>420まずちゃんと漢字使おうな

422 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:18:03
ショウエンヒイって誰?
せめてショウエン、ヒイってしろよ。
混ざるだろうが。自称中学生さんw

423 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:28:52
>>420
うわーのーたりん病?
裴松之は、
もし、諸葛亮が魏でに使えていたりしたら、
司馬懿とかでも対抗できなかっただろうっと大絶賛ですぜ?

424 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:30:14
正史を一回読めばすぐに演義の天才軍師孔明は虚像で、
実際には実務家であり政治家だったと気がつくんだよ。
そんな時は1みたいに反抗期になってもいいと思う。

ただ少し諸葛亮の事を考察すると、曹操とは言わんが優秀な軍略家であり、
優れた政治家や策謀家な諸葛亮が見えてくるはずなんだ。

一体いつになったら1はそのレベルまで上がってこれるんだ?

425 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:37:33
都合の悪いレスしろよじゃあ


426 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:40:42
>>420
「管仲、蕭何に匹敵する」ってのは大絶賛だと思うが。

427 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:41:08
演義→孔明天才!劉備最高!
ちょっと正史かじる→なんだよどっちもクソじゃん 曹操最高!
まじめに正史読み解く→三人ともすごすぎワロタ


というのが一般的な流れ

428 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:55:23
俺は真面目に三国志正史読んだけどそれほど孔明が
すごいとは思わなかったな。

429 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 18:56:15
>>427に禿同

430 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:21:18
対呉の大敗 続く反乱で滅びてもおかしくなかった国を数年で外征可能にした
この時点で非凡であるのは明らか
英雄である条件を足すならば
その忠義だろう

天才軍師であるとは思わないが 正直
彼が英雄として見られ後世に伝わる理由が
理解できないような人間が歴史を学ぶことなど無駄だと思うよ
好き嫌いはあるだろうけど

431 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:30:03
>>420
お前さん、そちらの妄言に対して出した反論(ツッコミ)に対して返答ほとんどしてないじゃん
すぐに違う話を持ち出す
スルーしてないというのならちゃんとした返答を返してくれ

432 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:30:23
>>430
その条件ってまんまキョウイにも当てはまるんだけど
ゴジョウゲンでの敗退から北伐を再開できるまでもってたキョウイ。

433 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:33:06
五丈原での敗退(笑)

434 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:33:27
>432
五丈原は撤退しただけでほとんど被害がないぞ

435 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:35:27
仮に敗退だとして
国が立ち直ったのは外征をやめて国富政策をとった
費イらのおかげ
生姜はそれを費やしただけ

436 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:36:28
>>426
北伐関連のスレで
>「管仲、蕭何に匹敵する」ってのは大絶賛だと思うが。

と言うのを読むと、つい嫌味?とか思ってしまう。
確かに蕭何のように、成都の人民を鎮撫し、蜀の法整備をした点は匹敵するかもしれないけどさ・・・

北伐の度に”飯が無くなって軍を引いた”と書かれている孔明
”一度も兵馬と兵糧を滞らせた事がなかった”と書かれている蕭何

437 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:36:38
それはキョウイがシバイを防いだからなんだけどね。
>>345で指摘したとおり。

それとなんかゲームの影響なのかな?まるでゴジョウゲンとか
孔明の北伐は引き分けばっかりだったから損害なかったって
あの大軍をゴジョウゲンまで持っていくのにドレくらいの金掛かると思ってるの?
待機してる時に食べる飯は?それらを無駄にして戦争がないから帰ってきました
負けてませんで通るんだろうか?

438 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:39:32
>>430
孔明の手腕として凄いのは、蜀を”北伐を国是として纏め上げた”点なんだよね。
孔明死後、蜀が本当に”国を挙げた一大プロジェクト”として北伐を行った事ってあるのかな?

あと、漢中〜長安は攻める方がかなりの不利なんだけど、これをやっちゃった曹操と劉備は素直に凄いよ。

439 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:41:48
気違いもここまでくれば小宇宙

440 :1:2009/04/28(火) 19:58:14
まあ別に孔明の事話してもいいんだけど、実は孔明は前に
別スレで散々議論したんだよね。結構質問が被るし
前と同じ答えになってしまう。

できればキョウイの話がしたい。三国志正史とか読んだ
自称玄人はキョウイを馬鹿にするがキョウイのどこが孔明に
劣ってるっていうんだ?「内政」とかはやめてくれよ。
内政してたのは宦官のコウコウとそれに与したショカツセンとか
だからね。

441 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 19:58:22
>>437
戦場にいようが国内にいようが同じように飯は食うだろ
何言ってるんだお前は?

442 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:00:37
>>437
あらゆる方法でその金を捻出してそれを実現させたのが孔明の凄いところ。
必需品を専売化し、南蛮から税収を確保し、不正を見逃さず
国力を蓄えて、さらには最高権力者が前線に出れる余裕がある。

国力が5倍以上の相手にこれをやった事が
どれだけ凄い事かわからんのだろうな。
とりあえずお前さんは
東大で首席とったあとベンチャー入って、創業組のワガママを
受け入れて人より多くの仕事を早く確実にこなしつつ
創業組を差し置いて出世した後に孔明を批判しろよ。


443 :1:2009/04/28(火) 20:01:08
>>441
???

あのさ兵隊が戦場にいったらその飯は政府持ちだろ?
戦場で兵隊が自腹で飯買うのか?

????
これ基本だろ。

444 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:05:22
>>1
陳寿も裴松之も素人だからね。

>それにネット孔明支持者も都合の悪いレスとかスルーしてるしね。
俺はしないよ。


>>436
それは政治力を指している。蕭何は前線に出ていない。
蜀軍が兵糧不足になるとき諸葛亮は後方にいない。責任外。


445 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:07:22
>>440
姜維は優秀な指揮官だとは思うが大隊指揮官レベルだと思うぞ。
このスレは姜維シンパも多いけれど姜維に政治力はないのは明白。

一国の司令官とは政治を踏まえつつ与えられた軍備でどう戦うかを
考えるべきだと思う。そう考えたときに姜維の司令官としての能力は低いと言える。

446 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:09:49
>>442
魏の立場を無視すれば凄いことかもしれんが、
魏の対蜀基本戦略、誘き出し作戦にそのまんま引っ掛かってる点で
あんまり誉められたもんでないんじゃない?
損害殆ど出さなかったのは凄いけどね。

447 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:10:44
まてレスつけてるお前(まえ)ら、これは罠(わな)だ。
ちゃんと小中学生に理解(りかい)できるレベルで話してやらんと
1には理解できんぞ。


448 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:11:04
そもそも1が言及してるネット三国志知識人とか
ネット孔明支持者って存在するのか?
例えばこのスレだと具体的にどれに当たるの?

449 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:18:22
>>446
国力が4-5分の1の相手に引きこもって最終防衛ラインで戦闘が
お前さんの中では基本戦略なのかい?
誘い出されて損害出した後防衛ラインを引いた姜維は内情不安という
他の要素があったからだぜ?

450 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:29:02
>>443
国内でも飯はたいがい国が支給だろ
前線ならなおさら

451 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:31:36
>>450
そりゃ、蜀軍の全軍が常備兵ならばそうだろうけど・・・・

452 :1:2009/04/28(火) 20:36:23
>>450
君?真面目に言ってるのか?

常備兵でも蜀で待機してる時と戦争時で金の掛かり方が違うのは
想像に難しくないだろうし。屯田兵とかもいたんだろ?
普段農民してる奴で戦争時借り出されたりするんだよ?
解かる?

453 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:45:13
>>452
まあ別に孔明の事話してもいいんだけど、実は孔明は前に
別スレで散々議論したんだよね。結構質問が被るし
前と同じ答えになってしまう。

できればキョウイの話がしたい。三国志正史とか読んだ
自称玄人はキョウイを馬鹿にするがキョウイのどこが孔明に
劣ってるっていうんだ?「内政」とかはやめてくれよ。
内政してたのは宦官のコウコウとそれに与したショカツセンとか
だからね。

戦争と内政を一つにまとめてできなかったところが劣るところ
国内を省みず無駄な出兵を繰り返し国を疲弊させたのが劣るところ
大勝もあったものの段谷の敗戦で少数精鋭を孔明以来続けてきて培った将兵を多数失ったのが劣るところ

454 :1:2009/04/28(火) 20:50:20
戦争と内政を一つにまとめてできなかったところが劣るところ

そうとは言えないな。孔明はなんでも自分でやって自滅したわけだから
人に任す事も必要

国内を省みず無駄な出兵を繰り返し国を疲弊させたのが劣るところ

国内はこのままでもジリ貧だった可能性が高い。戦争する事で良くなることもある。
戦争に勝てば発言力も増すしね

大勝もあったものの段谷の敗戦で少数精鋭を孔明以来続けてきて培った将兵を多数失ったのが劣るところ

まあこれはね。ネット孔明支持者が文句いってもショウガナイとは思ってるよ。
けど博打に出なきゃだめなぐらい追い詰められてたわけだから
一概に孔明と比較することはできない。

455 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:52:07
>>453
1が化けたかと思ったが全然別人だったので吊ってくる

456 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:55:08
>>454
>国内はこのままでもジリ貧だった可能性が高い。戦争する事で良くなることもある。
>まあこれはね。ネット孔明支持者が文句いってもショウガナイとは思ってるよ。

1が納得して終了しますた

457 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:56:12
>>452
よくわかってんじゃん
んじゃ自分で国力を富ませしなかったのに
なにかと北伐しまくって国庫をガタガタにした姜維がいかにダメかもわかるよね

458 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 20:56:13
>>454
個人的に、北伐の是非に疑問を持っている身としては・・・

むしろ国力を傾けてまで北伐を敢行した諸葛亮のほうが罪深い気がしているんだけどね。

459 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:02:35
そうとは言えないな。孔明はなんでも自分でやって自滅したわけだから
人に任す事も必要

→まず自滅していない それに孔明は人に任す必要はなかったし任せられるような人材(主に外征面)はいなかった
生姜は一人では国を回せなかった、つまり劣っている

国内はこのままでもジリ貧だった可能性が高い。戦争する事で良くなることもある。
戦争に勝てば発言力も増すしね

→でも負けたし 国内での発言力はあがらなかった この時点で劣っている

博打に出なきゃならないほど国政が逼迫し始めたのは生姜が国内を省みない外征を繰り返したせい
ようは自己責任
つまりここでも劣っていることが証明された

460 :1:2009/04/28(火) 21:03:15
それと段谷についてはな。あんま資料がないんだよな。
待ち合わせに遅れた奴とか敗因が良くわからない。
ガイテイだとバショクバショクってなるけど
段谷はそうはなってないのがな。チンジュが無能すぎるんだよな。
もっと資料残せってんだ。キョウイを単独で伝立てるぐらいしろっての。

461 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:04:10
>>458
出師の表読んでも北伐に踏み切る理由がわからないならちょっとどうかと思うけど
蜀の大義名分ってなんだか知ってる?

462 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:11:07
>>461
表の理由は『中原の回復と漢王朝の再興』だけどさ・・・

463 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:12:04
姜維は録尚書事なんだから政務を無視できんだろ
内政を完全に他人任せにして軍事一辺倒だというのなら
録尚書事は辞退すべきだ

464 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:13:55
>>458
そういった疑問こそが大事なんじゃないかな
北伐は諸葛亮の国是であって蒋琬や費禕の国是ではなかった。
これは妄想だけど、本気で魏と戦う為には諸葛亮の時代に長安を落として
涼州を手に入れる必要があったんじゃないかな?
国を守るのならば蒋琬や費禕のように専守防衛が間違いない。
姜維の北伐は下の下。あの時代だからこそ諸葛亮のような
慎重な用兵が必要だったんじゃないのだろうか。
姜維が諸葛亮のような用兵をしていたら三国時代はもう少し続いたかもしれない。

>>459
概ね同意なんだが諸葛亮はやはりプライドと能力が高く、
だからこそ人に任せる事が出来なかった、という欠点はあると思う。

465 :1:2009/04/28(火) 21:18:04
人に任せることが出来ないってなんかちょっとした欠点みたいに言ってるけど
上に立つものとしたら致命的な欠点なんだよ。>>103で俺がズバっと
言ったんだけど孔明支持者は華麗にスルーしたんだよね。

仮に孔明が長安とっても誰に任すの?
劉備は漢中を取った時無名のギエンに任せたりしたが
その器量が孔明にあるのかな?上に立つものとしては最大の
欠点だぜ。


466 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:19:42
>>464
>概ね同意なんだが諸葛亮はやはりプライドと能力が高く、
>だからこそ人に任せる事が出来なかった、という欠点はあると思う。

諸葛亮は哲人政治を志したんだと思う。
公正無視を理解できる人間が少なく、規範を作る必要があった。

467 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:24:37
>仮に孔明が長安とっても誰に任すの?
>劉備は漢中を取った時無名のギエンに任せたりしたが
>その器量が孔明にあるのかな?上に立つものとしては最大の
>欠点だぜ。

あのね、皇帝は劉禅様なの。
だから劉備と比較するなら劉禅と比較するのが普通なの。
何で臣下の諸葛亮と皇帝の劉備を同列で比べてんだよ。
中学生なのに、バカなの?勉強しないの?学校行かないの?

468 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:25:32
お、なんだ?1がここぞとばかりに孔明にかみついてる

469 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:25:43
>>465
長安を陥落させて東側の関を抑える事が出来たら、長安に遷都した可能性は高くないかな?

470 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:25:52
>>465
このレスには>>1のウザさが端的に現れてるな。

>俺がズバっと言ったんだけど

お前にズバっと言われなくても人にものを任せられないのが諸葛亮の欠点だってことはみんな解ってる。
それをさも自分が初めて言ったかのように誇り自慢する性格がウザいんだよ。

471 :1:2009/04/28(火) 21:27:45
>>467
漢中取った時の劉備は皇帝じゃないぜ。

472 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:29:31
>>465
人に任せられる部分は任していただろ
先鋒から輸送まで全部を全部自分でしていたわけじゃない
外交から内務 外征全てをほとんど一人で回していたのは確かだが
逆に言うと そのとき、他に任せても安心な人材がいたか?ということだ
どの分野にしても 針の上でバランス取ってるような状況の蜀にはミスが許されない

あと普通に考えれば呉壱か魏延だろうが
いっつも思うんだけどお前の知ってる武将って魏延か楊義かショウエンヒイ?しかいないの?

あと無名無名言うけど魏延は蜀攻めで勲功を立てている

更に言えば 孔明は関羽を扱える 劉備も然り
だが 孔明は魏延を扱えない 劉備はできる
単純に考えればどれだけ魏延が鼻つまみ者だったか類推できるだろ

それと論点ずれてる
姜 が孔明に劣っているかどうかの話をしている

473 :1:2009/04/28(火) 21:29:54
ていうか俺は中学生じゃない。なんか無視してると中学生にされそうで怖いわ。
俺がカタカナ使ってるのは文章の勢いを大事にするのと
三国志素人にもわかり易いようにだよ。

素人とかの目線を考えてレスしてるわけだよ。

474 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:31:02
>>1
よろしい。ならば君主とその臣下の違い。そう言えばいいかね?

475 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:31:21
カタカナ使うと馬鹿っぽく見えるし
素人が読んでも論旨が毎回ずれてるから解りにくい

476 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:31:28
孔明がなんでも自分でやろうとしてるってのは演義脳だぜ?
実際はちゃんと人を使ってるし任せてる。重用もしてる。
だたその任せた人物がやたらポカしまくってるんだが
それを孔明の選択眼が無いと取るか
仕事を確実に遂行できる人物がいないほど人材の層が薄いと取るか


あと魏延は漢中太守に就いたときは別に無名じゃない
少なくとも蜀取りの時には将軍号まで上がってる


477 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:32:23
>>465
当たり前の事だから誰も言わなかったが大将軍魏延が雍州刺史長安都督でしょ。
諸葛亮は外地でも司法立法行政できる化け物なので長安にいたかもな。

478 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:33:50
>>448
>>465を見ればわかるようにここで諸葛亮を支持すれば、ネット孔明支持者にされるようですな。
定義的には非常にわかりやすいが……


479 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:34:22
>>473
登場人物の名前を漢字で読めないほどのド素人は
そもそもこんなスレには来ないと言う事は想定できないのかね?

480 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:37:20
長安をギエンに任せるだけの器量があるかな?
孔明は遺言でギエンをハブにしたんだぞ。
ないと思うぞ。長安にギエンいたらそのご
ギエン対ヨウギ&ショウエンヒイで
長安対生都になるだろうし。

481 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:37:41
あれ?
アンチ孔明のスレ立てた自称中学生だった1と、ここの1は別人?

482 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:38:14
はいスルーしまくりワロタ

483 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:38:26
>>479
いや確かに漢字で書くのはめんどくさい

484 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:39:34
残念ながら1にはスレを運営していけるだけの能力がない

485 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:39:51
めんどいのは同意
まぁIMEそのまんまじゃ変換できんもんな

486 :1:2009/04/28(火) 21:39:59
>>481
俺は今までに
「孔明は無能では」スレと「蜀が滅んだのは孔明のせい」
などのスレを立てたが中学生と言った事はない。
ていうか24だっつーの。

487 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:43:50
>>483,485
辞書登録すればいいだけさ

488 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:45:05
めんどい

489 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:45:12
>>472
孔明と魏延の関係は謎だよね。
孔明は行動や装備から主戦力が弓兵だった事を想像できる陣立てなんだよね。
これは蜀の将兵を装備で補う戦術家としての孔明の能力の高さだが
魏延等、能力が高い将兵には面白くない陣立てなのは間違いない。
それでも孔明が死ぬまでは黙って従ってたってのは魏延と孔明はそれなりに
お互いを評価しあってたって事じゃないだろうか?
孔明も表の主戦力には間違いなく魏延を布陣してたはずだし。

そして姜維が蜀軍を引き継いだのに弓兵主体の戦法が引き継がれていないのが
問題になると思うのだがどうだろうか?

490 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:47:39
>>480
だから、長安取ったとして
そこを任せる人物を決めるのは君主である劉禅だっつの。
無論、丞相である孔明の意見は多分に入るだろうが
最終決定権は劉禅にある。

491 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:48:18
魏延の策が成功したとしても
長安維持できるのか

492 :1:2009/04/28(火) 21:50:19
>>490
リュウゼンにそんな権限あったのかな?
個人的には孔明とリュウゼンの立ち居地って
曹操とケンテイ?だっけの立ち居地と同じ気がするんだが。

493 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:55:38
>>491
多分無理。
面倒だからここを見ろ。

http://blogs.yahoo.co.jp/antoine_henri_jomini/35318621.html

読んでも納得できなかったらまたおいで。


494 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:55:59
半可通がレスすると、そのちょっとした粗を見つけて>>1が調子に乗るという悪循環。

495 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:56:09
>>491
長安の維持は、涼州方面の支持を得ないと無理かもね。
その上で、洛陽〜長安間の隘路を完全にストップさせないと。

むしろ、少数で急襲するならば長安じゃなくて弘農方面だよな。
関を抑えて洛陽との連携を絶ち、長安の方は孔明の本軍を以って当たるべきだよな。

『長安せめますよ〜』と喧伝しておいて、長安の守りを固めさせておいて、函谷関攻め・・・・とか
洛陽から大軍が着たらゲリラ戦法で後方撹乱とか・・・

496 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:57:32
>曹操とケンテイ?だっけの立ち居地と同じ気がするんだが。
死ねじゃなくて征け、オマエが倒したい幻覚を倒しに。

497 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 21:59:59
>>492
本気でそう思ってるのなら読解力無いレベルじゃないから


498 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 22:01:05
>>492 >>1
因みに劉禅は権力欲高い人物だぞ。
注訳ではあるが、蒋琬の死後は劉禅自ら国事を執り仕切ったとある。
英雄の息子なのだから能力の有無はともかく自己主張はしたのだよ。


499 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 22:21:42
>>492
>リュウゼンにそんな権限あったのかな?
そらあるだろ。曲がりなりにも皇帝なんだから。

>個人的には孔明とリュウゼンの立ち居地って
>曹操とケンテイ?だっけの立ち居地と同じ気がするんだが。
献帝ね。こちらとしては、何を読んで一緒と思ったのか気になるわ。

500 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 22:57:32
俺は晩年に本性ってのは表れると思ってるから
リュウゼンとか孫権ってのを好きになれないし大した奴じゃないって思っちゃうんだよね
結局リュウゼンなんて宦官に騙された奴だし。

501 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 23:00:32
1=劉禅

502 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 23:19:32
>>501
それは認めない
劉禅>>>>1

が正しい

503 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 23:51:28
晩年の劉禅なら処世術に長け見事に天寿を全うした男ではないか
孫権は弁護しづらいが

504 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 23:54:39
>>503
本人の処世だけじゃん
トウガイが言ってるように、降伏した相手が呉漢みたいな奴だったら蜀の人間は悲惨だったぞ

505 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/28(火) 23:59:46
>>504
抵抗したって悲惨なのは変わりあるまい
どちらにしろ漢中抜かれた時点で詰みなんだから
40年も国を保たせた事を評価すべき

506 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/29(水) 00:55:20
>>489
姜維のバトルドクトリンはもとより、諸葛亮のバトルドクトリンもよく分からないと思う。
諸葛亮時代の武装として、元戎や通常の弩、神刀などの刀剣、筒袖鎧などの鎧があった事は分かる。
これで分かる事は、騎兵ではなく歩兵が主打撃力であったであろうという事くらい。

隴西の狭隘な地形、堅牢な陣地の構築などを考えると、弓弩が重要な要素だったのは想像に難くないが、
火力は防御を強化する要素なので、野戦であれば、決定的局面に歩兵の突撃が行われたのではないかと思う。
姜維とて火力を軽視していたか否かは分からない。
諸葛亮の時代に火力の優勢が大きな有利を形作っていたのなら、
それを棄てるのは合理的ではなく、姜維もそれを利用したバトルドクトリンを構築したと見た方が良いとおもう。

507 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 01:06:39
劉禅は何もしてないわけだからプラスになる要素はないと言うべき
加えて宦官をのさばらせたりした点でマイナスだからやはり王としてはダメだね
漢中を抜かれたのだって劉禅の対応の遅れが災いしてるんだし

508 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 01:06:59
1は本当に正史読んだのかね。>>1
「姜維が諸葛亮の弟子なのは演義の創作」とわざわざ断りを入れてる割りには、>>141で言ってる
「敵の寝返りを促すようなこれぞ『軍師』って仕事は姜維の方が得意そう」ってのは
モロに演義の姜維だよな。ひょっとしたら柴錬の姜維かもしれんが。

509 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 01:13:25
柴錬の姜維は蜀への忠誠じゃなく、孔明個人への忠誠で
動いているような節が見えるんだよな

というか精神的なホモセクシュアルな匂いすら覚えるし

510 :ひょーりみ ◆e/dIJRgbGM :2009/04/29(水) 01:16:38
それはそうとさ、諸葛亮が死ぬ前に「私の次は蒋?、その次は費?」って言ってたってことは
諸葛亮も姜維にはあんま期待してなかったのかな

511 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 01:24:22
宦官をのさばらせたといっても
黄皓を引き立てた頃はガチで人材がいなく、
宦官でもこの際已む無しって面もあったんじゃね
それに、黄皓って正史じゃ政治面で特別問題になるような点は無くないか
姜維の援軍要請を握りつぶしたぐらいで


512 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 02:00:40
>>510
期待も何も降将にいきなり後継させるわけねーだろ

513 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 02:34:39
劉禅と諸葛亮の関係は、献帝と曹操の関係と相似と言ってみたり、
段谷の戦いの詳細が明らかにされてないところを突いたり、
>>1が有意義な存在なのは明らか。

>>496なんて、無脳の極地。


514 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 02:37:29
>>510
あれって、秦漢期の逸話の焼きなおしって聞いた(裏はとってない)から嘘なんじゃね?
俺は、諸葛亮が後継者として指名したのは蒋王苑だけだと思う。
で、蒋王苑の後継者が姜維なのは明らかなので、諸葛亮の後継者が姜維というのは
あながち間違っているともいえない。

515 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 02:49:34
管仲は王子城父を推挙し、蕭何は韓信を抜擢した
一方、諸葛亮は馬謖を抜擢してしまった
本来、何から何まで自分一人でやるつもりはなかったのではないだろうか?

516 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 02:49:35
>>507
そもそも何もしないないという認識が甘い。

517 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 02:52:31
義兄弟の契りを結んだ馬良の弟だからというのもあるから、
どうしても自分の派閥から軍隊を指揮する指導者を育てたかったんだろうね。
馬謖は抜擢というよりは汚名返上で、当時から能力を疑問視されていたわけだし、
絶対に勝てると踏んでいたからこそ、ハクをつけるために送り出したんだろうね。
相手が張合βというのが悪すぎたか。


518 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 04:26:37
久しぶりにこのスレ見たけど1が無茶苦茶言ってるね
正直不快だし正史をしっかり読むまでは三戦板から消えてほしい

519 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 05:17:18
>>513
オマエと>>1だけでチャットでもしてろよ。
ウゼエからw

>劉禅と諸葛亮の関係は、献帝と曹操の関係と相似
後の世でどう言われてるか知ってるんだろ?

劉禅と諸葛亮の関係は献帝と曹操の関係と全く違う。
献帝は傀儡。では劉禅は?知ってるんだろ?ヴォケ。答えろカス。

520 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 05:32:00
>>519
>>513は的外れな誹謗中傷。
むかつくのは分かるが、多分1が書いたんだろう。気にするな。

521 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 07:13:24
>>511
羅憲を左遷してるよ、ついでに陳寿もな
好き嫌いで有為な人材を飛ばしたりするのは弊害ではないのか?

522 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 08:16:19
まあチンジュが有能かどうかはわからないけどね。
キョウイ批判派はやたらコウコウが悪政してたという根拠はない
っていうがここ当たりはネットキョウイ批判派のもっとも脆い部分だよね。

「占いで敵は攻めてこない」って進言したりしてるのを批判すると
キョウイ批判派は「あの時代占いにはまるのは普通」
なんて意味不明な返答したりするし。
じゃあ言い換えるが当たらない占いで敵が来ないとしたコウコウは無能だろ。
そんな奴を重用してたリュウゼンも無能と言わざるをえない。
そんなコウコウと組んでキョウイを遠ざけた中央にいた連中も
ショカツセンも無能さ。

523 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 09:42:47
>>522
魏志倭人伝に卑弥呼は「鬼道」で以て政治をすると書いてある。
「鬼道」とはイタコみたいなもので、憑依系の占いだ。
そして三国志ではもうひとつだけ「鬼道」が盛んな地域が挙げられている。
それが蜀。つまり蜀ではこういった占いは日常的なことだったといえる。
そもそも蜀は曹操に言わせれば「オバケの国」で中国じゃないんだから。
これは呉についても言えるんだけど、呉も曹操にとっては中国では無いという認識だった。
だから赤壁後、中国統一を宣言して業βで魏公に上った。

524 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 09:43:41
中国統一は語弊があるな。天下統一に修正。

525 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 10:16:43
>>521羅憲は左遷じゃねえよ
Wikipediaだけの知識で判断するな屑
>>522君の持論だと無能な宦官重用してたら
君主も無能っていうことになるね。すると君は始皇帝も無能って思ってることになる。
それと何度も書くがあの時の姜維は左遷されようとされても仕方ないことをしている
いい加減1には学んでほしい。不快だから。


526 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 10:21:57
あれ?左遷でいいんじゃね?蜀漢の裏切り者の羅憲さんは。

527 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 10:32:36
>>526個人的にには羅憲は左遷ではないと思っている。

528 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 10:41:01
そう言えば
蜀末期でも荊州出身の人材がいたな
国境越えてきたのか
それとも関羽時代の残りか

529 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 10:43:20
>>527
中央から遠ざけられたのは確かだよな。

子貢が子遊にとって都合の悪い事を書くわけがないだろうし、シュウサクシも同様だろう。
羅憲はうさんくさすぎる。

530 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 10:44:14
あ、逆だ。羅憲が子貢だったなw

531 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 11:16:25
時黄皓預政,衆多附之,憲獨介然。皓恚之,左遷巴東太守。

てあるから左遷は左遷だろうな

532 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 11:38:55
>>531
いや東に遷されてるんだから左遷じゃねーだろ

533 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 11:44:50
それさすがに詭弁だろう
孤高を貫いてたら、寵臣の怒りを買って窓際に飛ばされた、としか読めない

534 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 11:58:53
しかも当時の方角は南面した君主を基準としていたから、東→左で合ってる

535 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 12:01:58
スレをざざっと見たけど、陳寿の評を素人の発言と言うのは正直いただけんな。
一番近い時代の人間の評価以上の評価は無いと思うけどね。

それに陳寿の応変の才略は得手ではないのだろうか?は、あくまでもだろうか?
の疑問系であって完全否定じゃない。私も諸葛亮の軍略はチョコチョコ読んだ
ことあるが、基本的にはきちんと統率し各武将が己の役割を全うすれば簡単に
負けることはない、と言うオーソドックスなもの。書が諸葛亮自身の手による
ものかの真偽はともかく諸葛亮らしいな、と思った。

4次北伐時の戦い方はそれを体現したようなものでしょう。確かに奇襲などで、
こう着状態を打破したり、と言うことは出来なかったため、知略面では一流所
にやや劣るかもしれないが、軍の統率力、と言う意味では同時代でもトップ
クラスの評価になると思う。

むしろ諸葛亮の失策として挙げるなら、南方遠征だろうね。高定が反乱した時、
高定の首を切って晒したために部下がしばしば反乱を起こしたとあるが、この
時高定ルートを通って進軍してたのは確か諸葛亮。

馬ショクと心を攻めるべきと言う話をしていたのに、晒し首にしたために反乱
を起こされているわけだから、ここはちょっと擁護できない。それだけ難しい
土地だったということだろうけどね、南方は。

536 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 12:07:56
南中は南征後が本番だよな

537 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 12:10:59
黄皓は信任されて国事を任された後、劉永のことを後主に讒訴したので、後主は次第に劉永を遠ざけるようになり、
10余年にわたって朝廷の謁見を許されないほどであった。

この人も黄皓被害者の会に入れてやってくれ
席次云々ではなく劉禅の信任をかさに着て権力を振るってたのが分かる
>>511で人材がいないからという話があるが弟さえこれじゃどうにも出来んだろ
人材がいないから任せたんじゃなくて陳祗のラインを受け継いで権力を自ら掴み取ったというのが正しい

538 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 12:11:17
1 羅憲(襄陽記では羅献)、字は令則。   
2 父、羅蒙は戦火を避けて蜀に移り、広漢太守にまでなった。
3 若いころから才能・学問の評判を立てられ、13歳で文章を書いた。
4 劉禅が皇太子を立てると太子舎人となり、庶子・尚書史部郎に昇進した。
5 宣信校尉として再度呉に使いしたが、呉の人々は彼を称賛した。
6 当時、宦官の黄皓が実権を握り、彼に追随する者が多数いたが、羅憲だけは同調しなかった。黄皓は腹を立て、巴東太守に左遷した。
7 そのころ、右(大)将軍の閻宇が巴東に都督として不妊し、領軍に任じられた。
8 劉禅は、羅憲を閻宇の副将として発令した。
9 魏が蜀に攻めてきたとき、閻宇を西に召還し、閻宇の配下2000人を留め置いて、羅憲に命じて永安城を守備させた。

539 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 12:13:47
A 続いて、成都が敗北したという噂が流れると、城中は大騒動となり、長江周辺の県の高官たちは城を見棄てて逃走した。
B 羅憲が成都の混乱を言いふらす者1人を斬り殺したので、民衆はやっと落ち着いた。
C 劉禅が、帰順したという情報を得ると、配下を引きつれて場内の都亭に出向き、三日間の服喪をした。
D 呉は蜀が敗北したと聞くと、兵を発動して西上した。表向きは救援をかこつけ、その実、羅憲を攻撃するつもりであった。
E 羅憲が、「わが、王朝が転覆し、呉は唇と歯のごとき密接な関係にありながら、わが国の危難に同情することなく、
  利益を追及して、盟約に違反した。それにわが王朝が滅亡したあと、呉がどうして長く存続しえようか。
  呉の降虜になどなれるものか」といって、城にたてこもって武器をつくろい、将兵に宣誓し、節義を説いて激励したところ、命令に従わない者はいなかった。
F 呉は鐘会とケ艾の野心が挫折し、すべての城に主がいないと聞くと、蜀を併合しようという野望を抱いたが、巴東の守りが固くて、兵を通過させることができず、
  歩協に軍勢を率いて西へ赴かせた。
G 羅憲は長江に臨んで弓を射て防いだが、防ぎ切ることができず、参軍の楊宗に囲みを突破して北へ脱出させ、安東将軍の陳騫に危急を告げさせ、一方、
  文官・武官の印綬と人質を司馬昭のもとへ差し出した。
H 歩協が城を攻撃すると、羅憲は城外に出て合戦し、大いにその軍を破った。
I  孫休は憤怒して、さらに陸抗らを派遣して軍勢3万を率いさせ、羅憲の包囲を強化した。
J 攻撃されてから6か月もたったのに救援は到着せず、城内の者の大半は病気にかかっていた。
K ある人が羅憲に逃亡の策を進言したが、羅憲は「そもそも人の主たるものは、民衆の仰ぎ慕うものである。危険に際して彼らの安全を保てず、
  せっぱつまって見棄てるようなことは君子たる者のなさない行為である。ここで命を終えよう。」といった。
L 陳騫が司馬昭に言上したため、荊州刺史の胡烈が羅憲の救援に派遣され、陸抗らは撤退した。

540 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 12:14:21
M 司馬昭はそのまま以前の任につかせ、羅憲を武陵太守・巴東監軍に任じた。
N 265年、西鄂県侯に改封された。
O 羅憲が妻子を洛陽に住まわせると、司馬炎は、その子の羅襲を給事中に任命した。
P 267年冬、入朝し、冠軍将軍・仮節に昇進した。
Q 268年3月、司馬炎に従って華林園の宴席に参列したとき、司馬炎より、蜀の大臣の子弟について
  質問され、その後、先輩たちのうち任用に適するものについて下問があった。
R 羅憲は蜀郡の常忌・杜軫・寿良、巴西の陳寿、南郡の高軌、南陽の呂雅・許国、江夏の費恭、
  琅邪の諸葛京、汝南の陳裕を推薦したが、即刻みな任用され、いずれも世間より盛名をうたわれた。
S 羅憲は任地に戻ると、呉の巫城を攻撃して奪い取った。その際、呉討伐の計策を上奏した。
T 羅憲はまじめで厳正しな人物であり、土を倦むことなくもてなし、財を軽んじ施しを好み、財産をふやす
  ことには無関心であった。
U 270年逝去し、安南将軍の号を追贈され、烈侯とおくりなされた。
V 子の羅襲は凌江将軍として部隊をしたが、若死し、広漢太守の官を追贈された。
W 羅襲の子の羅徽は順陽内史となったが、311年、王如によって殺害された。


541 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 12:53:07
>>534
巴東が左遷に値するポジションか?
左遷されたと書いてあるものの本当に左遷か怪しいぞ

542 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 12:54:25
同盟国なのに攻める気満々の呉か
孔明時代もそれなりに兵がいたんだろうな

543 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:02:44
>>535
1800年前の出来事を史料を元に脳内妄想で補完し、
俺>陳寿という結論に至るのは非常に痛々しいよなw

544 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:06:48
>>541
書いてないだけで巴東太守になる前は凄い地位にいたんじゃね?例えば漢中太守とか江州太守とか。

545 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:24:20
>>541
左遷て書いてるのが左遷以外の何だと言うんだ?
恣意的に自分の都合のいいように資料に書かれてあることを取捨選択したら
そりゃどんな歴史でも好きなように作れるだろうよ
>>1を笑えないぜあんた

546 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:26:01
宣信校尉だったのは判るけど巴東太守と比べると左遷って程かな、と思う
陳寿の三国志なら左遷って言われりゃそうか!ってなるけど晋書だとつい眉に唾付けちゃうわ

547 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:32:10
>>546
それは肌感覚というものであり論理的な意見とは言いがたいな
本社から地方の支店長へ…って言い換えたらまた別の感じ方になるだろ?

548 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:34:27
6番と7番を連続して考えると・・・・

巴東太守として栄転したけれども、
羅憲をこころよく思わない黄皓が謀って
閻宇を巴東に派遣して巴東都督にさせたので、
実質的に羅憲は太守ではなく閻宇の副将扱いに組み込まれた。
だから左遷されたと書いたのかな?

太守と都督の違いって何?

549 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:43:20
>>547
晋書は同時代人じゃなくて後代の人間が書いたもので
三国志はほぼ同時代人が書いてるので、「左遷」という感覚的なものを判断するには前者だと結構難しいと思うよ
感覚じゃなくて理論的にそういうものだろ

550 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:57:00
>>549
それでも現代の我々より近い時代の人なわけだから(ついでに国も同じ)
我々が左遷かそうでないかの感じ方よりはるかに適切な感覚を持ってる
という論理が導けるだけでは?

551 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 13:57:46
>>549
この時のことを「左遷」と書いたのは習鑿歯の襄陽記が最初
羅憲伝の信憑性を云々するなら、晋書よりも晋書のこの伝の元ネタ襄陽記について考えないといけない

552 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 14:00:19
>>548
都督は軍の司令官だから戦いに関して黄皓のお友達にペコペコしなきゃいけないってこと
県知事が自衛隊方面軍の指揮下に入ったようなもん

553 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 14:07:23
>>552
そっか!とんx。太守だけだと兵士動かす権利がないんだな。

554 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 14:37:29
>>550
国も時代も全く違うから怪しいんだよ

555 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 15:23:02
それ以前に「黄皓が怒って栄転させた」じゃ話がおかしいわけだが
黄皓は狂人だったのか?

556 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 15:32:52
黄皓が本当に左遷したのかという疑問がある
黄皓だって有能って程なんかしたわけではないが
取り立てて無能というわけでもないのにそんな無体なことするかね

呉への使いとして何度か折衝にも赴いてるようだし
単純に窓口として巴東の太守に任命されたかもしれんぞ

557 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 15:38:31
>>556
この場合有能か無能かより自分の利益のために動く人物かどうかの問題じゃない?
魏の脅威が迫ってるのに握りつぶして何の対策もしない辺りから判断力にも欠けてたと俺は思うが

558 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 15:44:45
>>556
>単純に窓口として巴東の太守に任命されたかもしれんぞ
巫が「蜀は安泰だ」と言えば大丈夫と信じてる人間がそんな考えしないだろ
呉との関係についても誰を配置するかじゃなくてお告げが良いか悪いかしか興味ないよきっと

559 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 17:29:16
巫女の話は演義だけじゃないのか。

560 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 18:02:41
1はリアル厨房だからな
自分より素人といえば漢字も読めない位の初心者しかいない
このスレにはいないが、いない存在に対して配慮しているんだ

561 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 18:05:35
読めないじゃなくて変換出来ないじゃね

562 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 19:25:22
24歳てマジ!?
今時のリアル厨房の方が
こいつより理解力やコミュニケーション能力があるぞ…
これで成人かよ、信じられん…
でも柴錬だけで語ってた初期に比べると成長してるよ、うん。
晋の恵帝から後漢の霊帝くらいにはレベルアップしてる。

563 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 19:27:34
霊帝はそんなにアホじゃないだろ
不況のトップにしてはよくやった方

564 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 19:34:15
まあ、どうなるかと思ってみてたけどさすがにコウコウを有能とするのは
無理があるよね。キョウイ憎しの余りにコウコウを持ち上げようとしたんだろうけど
それはないよね。誰かいるの?コウコウを褒めた人物。同時代で。
キョウイは敵からも一目置かれるほどだからね。そういうのがないと
コウコウ>キョウイにするのは無理があるんじゃないかな。

たとえばキョウイ伝の後のトウシ伝ね。
正史の話ねトウシは同時代に尊敬する奴はほとんどいないが
キョウイだけは高く評価していたわけ。
ショウカイ、孔明あたりもキョウイを高く評価してるからね。

565 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 19:43:05
憎くはないんだがな

亡国の滅亡時に権限を握っていた人は兎角悪く言われがち
黄皓を無批判に批判するのは早計

566 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 19:52:55
誰も黄皓が姜維より上だとか言ってないんだが。
どうしてすぐ不等号に結び付けたがるのかねコイツは

567 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 19:59:07
漢字使えよ、カタカナしか打てない馬鹿か

568 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:00:00
今、ショウエン伝とヒイ伝を読んでみたんだけど
ちょっとイメージが変わったな。俺はこの二人は
無能とまでは言わないが凡人だと思ってたんだが
ヒイはまあ凡だろうけど、ショウエンはちょっと見る目がありそう

三国志正史五巻蜀書ちくま文庫版の413p
多分リュウゼンかなんかに進言してるんだとおもうんが

「キョウイをリョウシュウ刺史にご任命ください
もしもキョウイが征伐に赴き河右を制圧したならば
臣は軍を率いてキョウイの後に続きましょう」

つまりショウエン時代にはもうキョウイが軍事的に
一番だったわけだね。

569 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:02:19
>当たらない占いで敵が来ないとした〜
前提としてもうすでに姜維の言葉にだれも耳を貸さない状態だったんだろうな
またこいつ言ってやがるよと巫のお告げにかこつけサポタージュ
こんな感じかもな

実際姜維の言葉に従い兵を出すたびに損害だけが増えていくような
状況だったし

570 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:02:44
費禕が凡人とか…
蜀書すら読んでないじゃん

571 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:08:25
>>569
まぁ国庫をすり減らすだけの軍人の言うことなんて
内政を預かる者としては聞く価値もないだろうな

で、姜維の言い分としてはオマエラなんで兵力を寄越さないんだ
なんでもっと内政に励まないんだ、という言い分なわけで

572 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:08:46
>>568
あのなあ、皇族でも世襲でもないのに大将軍になれる時点で無能でも凡人でもないんだよ
それとも何か、お前さんは東大京大首席クラスを凡人だと言えるほど偉いのか

573 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:11:33
だれが一般人と比べてなんて言った。
あの時代のTOPクラスと比べると凡だと思ってた
って言ってるの。
なんか書類仕事の速い役人みたいな奴らってイメージだったが

ショウエンは軍事的にも見る目あったんだなって感じ。

574 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:13:02
>>569
感覚でしゃべるんなら>>1と同類だから
「〜の可能性が」ってしゃべるだけで証明のない仮定だけなのが>>1なんで
同じ馬鹿になりたくなければそれを証明する記述を併記してくれ

575 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:16:54
あの時代のTOPクラスと比べても何で四英が凡人になるんだ
積極策ばかりを評価するのはバランス感覚に欠けている

576 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:21:48
そのTOPクラス当人をTOPクラスと比べて凡なんていわれたら
TOPクラス全員凡って言ってるようなもんじゃないか。アホか


577 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:26:39
あの時代ってのは三国時代な。

曹操とか劉備とかジュンイクとかカクカとかテイイクとかホウセイとか
シュウユとかリクソンとかキョウイ

とかと比べるとヒイはね。
ショウエンは多少見所あるとは思うけど。

578 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:35:20
黄皓のみならず、諸葛瞻や董厥も姜維を漢中太守から下ろそうとしていたあたり
中央からは相当疎まれてたんじゃないかとは思うがな
成都もかなりギリギリだったんじゃない?
ひょっとしたら援軍要請揉み潰したのも
もう援軍送る余力が完全になかったのかも知れん

579 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:36:21
ぶっちゃけ蒋王宛の方が費イより下っぽいんだが…東征中止に追い込まれてるしな

580 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:36:34
>>1は何が何でも姜維を誰よりも優れていると認めさせたいんだね。
でも全然説得力なくて、的外れなことを言って反撃される、の繰り返し。
以前にたてたスレでもそうで、最後には捨て台詞言って終了だし。
この分だとこのスレでも同じことになりそうだな。


581 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:39:19
>>578
正史を読んでみよう
結論から言うと結局援軍は出してるとだけ言っておく

582 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 20:51:55
>>1も酷いが>>578みたいに正史どころか演義も読んでないような奴もヤバい

583 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 21:34:24
あいかわらず1のスレは素晴らしい伸び具合だな

584 :1:2009/04/29(水) 21:41:26
う〜ん重要なのはそこじゃなくて

「キョウイをリョウシュウ刺史にご任命ください
もしもキョウイが征伐に赴き河右を制圧したならば
臣は軍を率いてキョウイの後に続きましょう」

こっちなんだけどな。キョウイ否定派はこれから目を背けたいの?

585 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 21:48:18
この時姜維は既に中監軍だから、大将軍蒋エンの下で諸軍を統括する立場。
位階ではまだそんなに高くないだろうが、費イの時代まで一貫して、涼雍州方面の侵攻を統括しているのは姜維だね。

586 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:02:46
大分前のレスだが、羅憲が左遷されたのか、という話。
校尉から太守は、漢の官制でいうなら昇進。
だがこれは、尚書吏部郎や宣信校尉という宮廷で職権があったり外交を任される実力者の中に
自分に諂わない人間がいることを黄皓が嫌った、というくだりに読める。
エリートコースを歩む本社の渉外部課長から地方の支部長に飛ばされた感じと解釈すれば通じるだろう。

587 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/29(水) 22:08:21
姜維と諸葛亮の比較は昔やったなぁ、と思ったのでちょっと調べたら、2年位前にやってた。
http://blogs.yahoo.co.jp/antoine_henri_jomini/34804040.html
優劣ではなく、両者の特徴を抽出して比較しただけだけど。

588 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:21:27
>>587
静の孔明 動のキョウイとか書いてるけど

それは単にキョウイは動かないで何もできなかった孔明を見てるから
自分から積極的に戦を仕掛けようとしてただけじゃないか?

589 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:21:58
姜維が涼州方面の軍権を任されるのは
姜維の軍事的才能もあるが
姜維は元々天水の人で現地の土地勘があるのが大きいだろ
詳細な地図がない時代で地理に明るい人物は重要
故に姜維が西方を任されるのは妥当であり
それだけで軍事的に一番とは断定できんな


590 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:28:39
>>589
高位の将軍だけでも当時、王平・トウ芝・馬忠らがいるからね
まあともかく、
>つまりショウエン時代にはもうキョウイが軍事的に
>一番だったわけだね。 (西北戦線では)
ということから1がどう論理を展開するか聞こうじゃないか

591 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:35:15
1が居るからJominian氏の話が聞けるのは皮肉だなw
しかし、氏はまじで凄いな。どこぞの院生?

592 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:40:37
5倍の力がある相手に確実な勝算もないのに積極的に戦を仕掛けるのは戦略的にどうかと思うな
あくまでも仮にだが、敵の一軍に姜維本隊が釣り出されて
その隙に別働隊が本国を急襲してきたらそれで終わりかねんぞ

593 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:42:38
jomiえもんと>>1の関係は。ドラえもんとのびたの関係に同じ。

594 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:47:25
>>592
蜀の滅亡時がまさにそれじゃね?生姜の一本釣り。

>>593
>>1はいつになったら劇場版のび太に覚醒するんだ?

595 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 22:48:55
>>592
とはいえ守勢に回れば押しつぶされる、ましてや国土の狭い蜀だから尚の事
やっぱり緩衝地帯としての涼・雍州切り取りは生き残るためには
必要だったかもしれない

ちなみに孔明の遺志に固執しまくりの
柴練姜維が自分は好きだったり

596 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/29(水) 22:51:44
>>591
俺は理系なので、歴史に関してはずぶの素人だよ。

>>592
>>594も言っているように、蜀滅亡時は姜維が遠方で拘束されている間隙を突かれたわけだけど、
これは特殊な例で、魏に予め侵攻の意図と準備が無ければできないことだろう。
急な事態であれば、秦嶺を突破して漢中に出るよりも、姜維の迎撃に向った方が魏にとって勝算が高い。

597 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:01:26
>>587
意味は通じるけど弩を火力というのは些か違和感を覚える。

>>595
緩衝地帯って史書の言葉ではないよね。

598 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:03:51
>>596
理系?なるほど。
考察に論理的思考力は必要。

599 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/04/29(水) 23:18:38
>>597
軍事関係の本を読むと分かるが、弓や弩は火力として扱われてるよ。
敵部隊の制圧や拘束を行い、その増大が主として防御に利する兵科だからね。

600 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:28:10
>>599
そうなの?
でも絶対火力ではないはず。
火器が登場する以前、なんて呼ばれてたんだろう。

601 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:29:52
>>599
火を使ってないって意味じゃね?w

602 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:37:14
>>601
火力っていうのは銃砲器が火薬を使うからそう言うんだけど
弓弩は弦の力で飛んでいくから言わないと思うんだよね。

銃兵部隊が射撃するときの号令は「撃て!!」
だけど
弓部隊の号令は「放て!!」
英語だと前者は「ファイア!!」
後者はなんて言うんだろう?

603 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:39:39
>>602
しゅーととかかな?

604 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:44:05
軍事用語として「火力」と言ってるのであれば火薬を使ってるとかなんとかは関係ない
戦術上でどのような性質を持つかということが条件

605 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:47:06
官渡の戦いみたいに兵力差が有っても勝てる戦もあるしな

606 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:47:09
>>604
火器が登場して以後火力と呼ばれるのはわかる
それ以前は弓の殺傷力をなんて言ってたかって話じゃないの?

607 :ひょーりみ ◆e/dIJRgbGM :2009/04/29(水) 23:50:11
とびどうぐ

608 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:52:56
>>607
「とびどうぐが高い」とか「低とびどうぐ」とか言ってたってこと?

609 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:53:05
>>606
そんな話じゃないんじゃね?

火器の登場前は弓箭などと言っただろうけど、飛び道具が弓とは限らないし
通史的な戦史研究というものはないんだから
そのとき使われる飛び道具の名称が用いられるだけだろう。

610 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:56:15
>>609
現代における火力ってつまり「飛び道具の殲滅力」だよな?
火器ない時代での「飛び道具の殲滅力」も火力と呼んでたのかそうでなく違う表現があったのかって話だと思ったんだけど

馬がいないなら馬力って単位はないだろうし

611 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/29(水) 23:58:22
>>610
呼ぶわけがない

612 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:01:08
>>611


613 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:02:28
>>611
わけがないから>>597は違和感って言ってるんだろう

614 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:03:11
とりあえず
銃砲は火器
弓弩は張弦器
と呼ばれる。
ならば「張弦力」か? ピンとこないけど。

615 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:06:43
>>613
その>>597に対して>>599>>604が答えている
そんなに拘るところじゃないんじゃね
当時の用語と価値観で把握するのは歴史研究上必要だが
現代の政治・軍事・経済・人類学用語などで置き換えなければ表現できないよ
でなければ中央集権とか皆兵制とか専制という語が使えないじゃないか。

616 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:06:59
火器だと一回の掃射でどれくらい被害を与えられるか、ってのが火力に当たるけど
火力って概念自体が火器以前にあったかどうかわからんね

ちなみに発射の号令は映画LOTRではfire、グラディエーターではlooseだったみたい

617 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:07:55
あ、ちょっと違うな
現代の政治史・軍事史・経済史・人類学用語などで置き換えなければ、か

618 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:08:07
>>615
こだわりたいやつがこだわってなんか問題あんのか?
自分が興味がないことは封殺ってなんなんだよw

619 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:10:34
>>617
ぜんぜん違う
後に命名されたなら「当時名称はなかった」という一応の解は存在するからな
「火力と呼ばれていた」「火力ではない別の呼び方があった」「火力の概念がなかった」
どうだったんだって話だぞ?

620 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:13:53
そもそも火力っていう言葉自体
発祥は欧米だし(fire power)、近代以降の概念なので
あんましこだわってもしょうがないかなと。



621 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:15:07
>>620
火力の概念は当時なかったって言えば誰もこだわらなくてすんだんじゃね?

622 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:15:45
>>616
古代中国でその概念が明確に述べられている箇所を示すことは自分には出来ないが、
欧州では長弓と弩の採用がまさにその概念を使用している。
諸葛亮も関わった連弩の改良も、弩の連射力の不足を補うためのものであり、
いわゆる「阻止火力」の増大を狙ったものだと想像できるね。

623 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:16:09
>>619
現在、「火力」と言ってもいいのかも知れない。(知らなかった)
しかしネットで検索したら「弓の火力が…」とかゴロゴロ出てくる。
これ昔の人が聞いたら意味分からんだろうなと思う。

当時、「火力」に値する言葉なかったのかな?
もし有ったのならそっちの方が適切な言葉であるのは間違いない。

624 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:17:29
>>622
概念はあっても名称はどうなんだろうね
単に殲滅力って言っても通じただろうし

625 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:20:29
>>623
弓の火力でひっかかる文はたいはんが弓部隊じゃなくて弓そのものの話だったりする
ゲームの武器の話題だと弓に関わらず攻撃力を火力って呼んでたりするからな

626 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:21:30
arche weapon
arche power
って言葉があるな
弓力じゃね?

627 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:22:38
>>1もしょうもないが火力の定義とやらにごちゃごちゃ言う奴等も救いがたいな
三国時代に弓矢による圧力を何て言ったか知識もないのに追い求めても意味がない
大事なのは孔明が姜維が弓をどう使ったかってことだろうに

628 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:25:01
石投げるのもfireって言うしな
火器以前から射撃投擲が火になぞらえられてた可能性もなくはない

629 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:27:10
誰も>>627なんぞに救いを求めていない件

630 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:30:31
>>624
中国の飛び道具は基本的に弓と弩なのだから、「弓弩」とか「矢弩」と言えばその兵器を示すとともに、
その部隊も、戦闘力も指しただろう
弓が即ち敵軍の行動を制する戦力だなどと理解されていたとするなら、「火力」や「制圧力」のような
別の語をわざわざ用いる必要はない

631 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:31:31
>>630
なるほどな
特に呼び名はなくても確かに問題はないわな

632 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:33:04
>>627
2ちゃんねるで話題それてマジギレってどうよw

633 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:37:06
「張任の弓隊が白馬に跨った龐統に集中砲火した」みたいなもんだ。気にすんな。

634 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 00:44:59
>>630追加
晁錯伝にあった。

平陵が相遠く、川谷が間に居り、高きを仰ぎ下を臨むところ、これは弓弩の地なりて
短兵百も(弓弩)の一に当たらず。

こんな感じで戦術論が延々述べられている

635 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 07:24:34
こまかいな。別に弓で火力って言おうが大体意味は
解かるし。いちゃもんつける程の事ではない。


636 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 08:35:32
>>635こそ対話に対するいちゃもんだろ

637 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 09:28:58
Jominian ◆Henri9gNlMに対するいちゃもんは許されていいの?

638 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 09:31:13
そもそもいちゃもんとかわけわかんねーこと言い出すやつがなんで三戦にいるんだよw半年ROMれって言ってほしいのか?w

639 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 09:35:01
疑問を口にしたら「いちゃもんを許していいんですか!」とかワロタww
プロ三戦住人ww

640 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 09:40:57
いちゃもん認定したら勝ちか
それって意見封殺してるだけなんだが

641 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 10:57:35
いちゃもんイクナイくんが逆に封殺されててワロチ
用語について話されたらなにか不味いことあんのかよWWW

642 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 11:37:20
お前ら何言ってんだ?
中華は火力が肝なんだよ。

643 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 11:41:05
おいいちゃもん認定厨>>642にいちゃもん認定しろよ早くw

644 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 12:01:06
いちゃもんゲットだぜ!

645 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 12:57:28
しょうもな

ここまで不毛な流れと>>1と、どちらが酷いんだろうな

646 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 12:58:25
>>645
>>1にいちゃもんは許されるんですか?

647 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 13:43:31
不毛な流れは今に始まったことではない。
そもそもここは 三 戦 板 なんだよ。
らしくていいジャマイカw

648 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 13:50:57
三戦の話題で盛り上がってたのに水差した挙げ句不毛に仕立てあげようとするとは姑息にもほどがあるな

649 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 14:44:30
姑息ってその場しのぎって意味だけど…

650 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 17:15:36
誤用の意味でも言わんとすることは通じるけどな

651 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 18:06:05
いや火力と同じく徹底的に論じるべきだ
少しでも不適切、違和感を感じる表現は何でも指摘していこう

652 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 18:13:58
>>651の空回りっぷりに全俺が泣いた

653 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 18:20:42
>>652は誤用で恥をかいた>>648か。

654 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 18:27:57
誤用って、>>648におかしな点はなくない?
その場しのぎに関係ない話題を投入しまくって話をそらそうとしてるわけだけど

655 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 18:30:43
要するに火力って用語は使われてたの? って疑問はこいつの頭んなかでは揚げ足にみえてるってことだろw卑しい感じ方しかできないやつにはこの手の板は精神衛生上よろしくないぞwww

656 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 18:31:42
>>627だけど諸葛亮の戦術について話そうと提言したけど却下されたから
これからは火力や姑息について語るわ

「姑息」って言葉が文献に出て来るのはいつ?

657 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 18:35:35
>>655
便宜上火力って言ってるだけだろう?
jomiとかいう人のブログ見て来たけど火力がどうとか本質に関係ないコメントつけてる馬鹿はいなかったな…

658 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 18:55:16
>>648はレスの知性のなさから考えて恐らく小学生くらいであろう
なら生まれる前から誤用がまかり通ってたんだから間違っても仕方ないね

659 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:23:53
>>656
礼記。
古い言葉だね

660 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:28:40
>>659
それがどういう経緯で卑怯者を指す言葉になったんだろうか
ここ10年のレベルじゃないだろうが100年は遡れまい

661 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:35:32
どうだろうな。
例えば歴史小説に「充電期間」という言葉が出てきてもいいものだろうか?
「諸葛孔明は三年の充電期間を経て五丈原へ侵攻した」
意味は分かるけどちょっと褪めない?
それに「龐統に集中砲火」はスルーでいいのかな?

662 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:41:15
>>660
細人(小人)は姑息を以って人を愛す
姑息は「ひとまずの安息」の意味で、
ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%C8%C2%A9
こんな感じだと

>>661
ここは多分、小説スレじゃないよ。
立てた>>1に確認する必要があるけど

663 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:43:17
くだらないな。はっきりってどうでもいい。書いてるのは現代の奴だし。
別スレ立てればいいじゃん。
「歴史小説で出ると萎える単語」スレ。

まあ100も行かないだろうけどね。

664 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:48:12
言葉に対する感覚は人それぞれ。

665 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:50:40
>>663
>>656
ここは孔明や姜維の戦闘を考察スレではなく揚げ足取りのスレになりました

666 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:54:17
俺が「火力」に疑問呈した人間だけど
他人が「火力」と呼ぼうが何と呼ぼうがどうでもいい。
ちょっと思ったことを言ったまで。

むしろ緩衝地帯の方を何とかしたい。
誰が決めたん?



667 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:54:22
>>662
>>1なんてどうでもいいよw
学習能力皆無の自称中学生なんだしwww

668 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 19:59:55
多少荒れてても関中が緩衝地帯なんてありえるのかな?
どう考えても本拠移転だと思うのだが
国力が回復するまで対魏は函谷関、対呉は三峡で封鎖して一旦休止だろう

669 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:02:33
>>666
てめえのせいでスレが荒れたのに知らん顔か
少しは責任を感じろよウンコ

670 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:04:42
>>666
>>656
ここは孔明や姜維の戦闘を考察スレではなく揚げ足取りのスレになりました
緩衝地帯がどうとかスレ違いは止めようぜ

671 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:06:45
>>666
問題は明確に提示しましょう
緩衝地帯の何が問題なのか。用語か。戦略価値の認識か。
何とかしたいとはなんなのか。何がどうなればあなたが満足するのか。
誰が決めたとは誰のことか。当事者による言質が欲しいのか。主張する史家の言質が欲しいのか。

672 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:10:17
>>662
それだけじゃ答えになってないな
「姑息」の誤用が何年前から始まったのか小説などから類推する作業が必要だ
みんな夏目漱石とか古めの小説を各自読んで報告しあおうぜ

673 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:11:32
取り敢えずドラゴンボールでは姑息は卑怯の意味だった

674 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:11:49
いつになったら真面目な議論になるんだよwwww

諸葛亮と姜維の北伐を比べるのなら、
当時の蜀漢の状況と魏の状況と呉の状況を見つめなおす必要があるんじゃないかな。

諸葛亮が実権を握って北伐を行う227年ころには、蜀漢には李厳や魏延がいた。
魏は曹丕が死んだ直後で動揺していた。雍州の軍備は十分ではなかった。
呉は盤石な状態だった。

諸葛亮が死んで蒋王苑が北伐を行う予定だった241年には、蜀漢には姜維や王平がいた。
魏は傀儡の曹芳政権で、曹爽が実権を握っていた。雍州の軍備は十分ではなかった。
司馬懿はなんだっけ?タイフに祭り上げられていたけど軍権はそのままだった?荊州の諸軍事だったのかな?
呉は陸遜、諸葛キン、諸葛格、ホシツ、ゼンソウらがいて盤石だったが、
魏との戦いの最中孫登が死んで、このあと一気に衰退していく。

ヒイが死んで姜維が軍権を握った253年には蜀漢には・・・えーと夏侯覇か。
魏は曹爽が誅殺されて司馬氏の政権になっており、雍州の軍備は万全だった。
呉は孫権が死に孫亮が継ぎ、諸葛格が軍司を握っていた。

こんな感じでおk?諸葛亮の時代の北伐がイージーモードだとすると、
姜維の時代の北伐はハードモードな気がするんだけど、違ってるかな。


675 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:12:56
>>672
では君による夏目漱石の読破から頼む。以後コテ名乗って随時報告してくれたまえよ

676 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:13:16
>>669
アホか。

>>671
戦略価値の認識。
誰が決めたの?ってこと。結構聞くので。





677 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:14:22
認識は認識だ。学説は唱えられるものであって決めるものではない。

678 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:14:34
ぐぐったら30年前のすすめパイレーツでも姑息の誤用があったとか
ひょっとして戦後すぐくらいまで遡るのか?

679 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:15:47
>>676
アホはオマエだ

680 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:16:21
>>676
文末後の無意味な空白がイライラする
お前消えていいよ

681 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:16:26
>>674
good! 
ちゃんと議論しよう。1は当てにならない。

682 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:17:02
スレ違いだけど、言ってる内容は間違ってないから、偉そうに振舞うんだよな。
うんうん、わかるよ。

姑息の語源 でググレ

683 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:17:34
>>666=676
ボコボコですねーwww

684 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:18:24
>>674=681
自演乙w
メール欄空白だからすぐ分かったww

685 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:18:33
>>674
魏はシバイが実権にぎったけどそれほどの分裂は起きなかったようなんだよね。
シバイの政治術というか国の乗っ取りがうまかったんかな。

曹操なんて親族で国作ったようなものなのにカコウ一族とか
シバイの専横とかどう思ってたんだろう?ある種、魏を
分裂させるチャンスだったと思うんだが。

686 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:20:41
>>676
お前の我慢というものを知らない幼児的な態度がスレを荒らした以上
その責任を土下座して謝るまでは俺は協力する気はない

687 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:22:06
>>676
学説とかどうでもいい。本でも読んでろ。

>>680
悪い。何故か偶に空白入るんだよね。

>>686
アホが多いな。

688 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:22:26
>>676
傲慢だな。自分が一番正しいと考える、ゆとりか?

689 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:24:14
>>686
貴様もアホだろうが!踊れよw

690 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:26:13
>>684
別人だよ。

>>688
学説は学説。誰かの意見でしかない。

691 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:26:23
>>687は何で自分のレスにレスしてるの?
本物の基地外か…

692 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:28:53
>>687は自演乙だろ?
クラウスにボコられよw

693 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:29:18
いかん間違った。
>>676じゃなく>>677な。


694 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:29:29
おれ671で677だけど、687の需要を満たせないみたいなので
準備してた雍州緩衝地帯説についての俺考察はやめとくわw

695 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:30:49
クラウスって何?

696 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:33:08
調べろハゲ!

697 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:33:13
ガンダムのキャラじゃね?

698 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:36:22
>>694
ごめん。早とちりした。>>677よく読むと同意。

699 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:36:43
ここまでくると、jomiえもん来てくれないだろうな…
スレ終わったな。

700 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:37:33
Jominian ◆Henri9gNlMの代わりにもなれないどころか面白い話題も振れないのにつまらん細事で茶茶を入れたのか
しかも自分は文末が異様に空いたりレス番号すらまともに把握出来なかったりと
茶茶入れられまくりの文を書くときたもんだ

701 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:41:00
誰の事だよw

702 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:42:06
やっぱアホが多いな

703 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:42:22
学説とかどうでもいい。本でも読んでろ。

ごめん。早とちりした。>>677よく読むと同意。

こんな奴のためにスレが潰されたのか…火力がどうとか本質でない突っ込み入れられたコテの人可哀相

704 :1:2009/04/30(木) 20:42:56
真面目な話つまんねえんだよお前ら。

普通に議論してた良スレだったのに。
漢字の語源とかくだらなすぎ。このスレでやるべき事じゃないだろ。
おそらくなにが面白いのかわからない頭の弱い人だと思うが
あれだな。震災のニュースの後ろでピースサイン出すような
感覚なんだろうな。自分で議論の話題が出せないもんだから
くだらないレスをしたりするんだろうな。

あーあ。俺が今まで立てたスレは全てが有意義な良スレだったのに。


705 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:43:54
>>1
オマエが煽ってたんだろw

706 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:44:32
おまえが一番笑える

707 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:45:15
706だけど1にね。

708 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:45:57
>>704
>>656
ここは孔明や姜維の戦闘を考察スレではなく揚げ足取りのスレになりました

709 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:47:32
>>708
「つ」って何?

710 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:49:30
>>703
思ったことは自分の中で一旦思考することなく何でもすぐに口にしていいと思ってるし
それで相手にどんな失礼な態度をとってもすぐに撤回すればそれで済むと身勝手に思ってる
まさに幼児

711 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:52:59
荒れたなぁ

712 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 20:53:43
>>685
曹操はジュンイクがいた。陳羣や鐘ヨウは頴川の派閥。
漢王室復興を目指した彼らは、リーダーのジュンイクが殺されたので、方針を転換する。
ジュンイクと袂を分かって、業βを本拠地に定めると、今度はキシュウや青州・徐州・ヘイシュウ・幽州の派閥を
曹操は重用するようになる。彼らが魏公国→魏王国→魏帝国の中心となっていく。
中心人物は王朗やカキンやサイエンなど。
この2つのグループに属しなかったのが司馬懿の司隷派閥。
曹氏立ち上げの地のエン州派閥と結託した司馬懿の派閥は、頴川の派閥と組んで、貴族社会の確立を目指す。
そのためにつくられたのが九品中正法で、これで皇帝権力をそぎ落とそうとした。

司馬懿が権力を握った後、反乱を起こした王凌やカン丘倹や諸葛誕の出身が全員華北地域なのを見てもわかることから、
司馬懿の派閥は業β周辺以外のすべての派閥を抑えていたと思われる。

と、なんとなく思っているんだけど俺は魏は詳しくないので誰かよろしく。

713 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:00:50
>>712
名士とかその手の本でよく聞くけど、本当なの?
あんまり名士で三国志を紐解くの好きじゃないんだよね。

714 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:02:42
郷挙里選とか孝廉とか門生故吏とか月旦とか

715 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:05:38
>>712
九品官人中正は逆
豪族の権限を削ぎ落とした

司馬懿の法律改変によって恣意的運用が簡単になり
ここで皇帝権力の削ぎ落とし用に変質する

716 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:06:25
>>712
ジュンイクは曹操に「高祖の業」を進めるように進言してるから、曹操が天下を取って皇帝になるのを推し進めるのが頴川グループだよ

717 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:08:42
>>712
名前にカタカナが混じってる時点で1の同胞、論じるに値しない
まともに話する気あるならまずそこからちゃんとしろ

718 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:09:18
おお、みんな詳しいんだな。

>>715
そうなんだ。現代に通じるところがあるね。

>>716
そうなんだ。なんでジュンイクはしななきゃならなくなったんだ?



719 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:10:08
1の同朋というか1だろ
蜀書もろくに読んでないのに読んだと主張する24歳児だし

720 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:13:43
>>718
「魏公になるな」と言ったから
誤解されがちだが、どこでも「皇帝になるな」とか言ってない
漢の高祖は天下統一してから皇帝になってるんだから、「高祖の業」は天下統一してからの即位が基本
時期尚早に魏公になって台無しになりたくなかったんだろう
それでは即位が遅い、地盤が欲しいと感じる曹操とそれに同調するグループがジュンイクを葬った

721 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:14:24
別にカタカナだっていい。それよりそんな指摘をするぐらいならマトモなレスのひとつもしろよ

722 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:15:41
>>720
そうなんだ。漢中王になってから皇帝になってるよね??魏公くらいいいんじゃ?と思うのはおかしいんだろうか

723 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:16:20
>>712
荀ケの脱落後、荀攸は魏尚書令であり、鍾ヨウは魏相国(魏諷の乱で一時免官)、陳羣は魏御史中丞。
潁川閥は以後一貫して魏の枢要を占め続ける。
けども、司馬氏が名士の風のある潁川閥とまず結合したというのは面白い指摘だと思う。
逆に、曹爽の側近には沛国や南陽の人物が多い。
司馬懿が曹爽を倒した後は、「善政」を敷いて広範に人材を求め、曹爽の故吏さえも重用して
自分の基盤を固めているが、晋王朝の基盤と方向性は司馬懿の人脈形成の時点で萌芽していたと言うべきか。
諸葛誕は琅邪、文欽はショウ国の人なので、ギョウ周辺(河北・冀州)が特に曹氏に忠義だったとは言えないとは思うけれど。

724 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:18:24
あれ?ジュンイクが曹操に殺されたってのは演義じゃなかったっけ?
正史だと病死だったと思ったが。違ったっけ?

725 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:20:15
>>722
王莽の簒奪パターンだからじゃね
漢の忠臣面を偽装するのが難しくなる

726 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:21:04
>>723
とんくす。

そうなのか。でも同僚が重く用いられたら、残された方は面白く思わないと思うので、同じグループ内でもいろいろ駆け引きあったんだろうな。


727 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:22:48
>>724
どっちでもいいよん。肝心なのは曹操から「もうおまえがいなくてもやっていけるもんね」と言われたことが重要なんだと思う。

728 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:22:53
>>721
お前>>1だろ

729 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:23:45
で司馬懿の野心はいつから出てきたんだ?

730 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:26:03
正始の変で丞相になった時点でもう簒奪まで見えてるんじゃないの
俺の息子(師)がヘマする訳ねーしぐらいに思ってそう
まあ結果は弟の昭が継いだ訳だけど

731 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:26:34
>>724
正史が全て正しいなら司馬氏の皇帝殺しももにょもにょなわけだが

732 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:41:57
>>728
ハズレ。

733 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:42:42
スレざっとみたんだけど
キャカツタンって誰ですか?

734 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:44:57
>>733
姑息と同じでただの誤解
よし!国語タイムが始まったな!

735 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:46:41
諸はどうやってもキャとは読めないよなw
とか言ってたら実はあるとか指摘されたりしてww

736 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:50:04
姜は中国語読みだとジャン
維はウェイ
だからこのスレではジャンウェイと呼ぶべき。

737 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:51:28
真面目な話

キャカツタンって誰?

738 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:52:43
よく聞くんだけど
名士がいないと国を治められないとかって本当?

739 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:53:48
>>737
>>710を見ろ。そして幼児じゃないなら察して黙ってろ。

740 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:55:06
真面目な話

またスレに断絶が起こりそうな予感

741 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:55:12
あぁそうか
興奮しすぎて<書き込む>ボタン押す前に
読み直してないのか。。。。
自分の書いた文を読み直さないから
突っ込みどころ満載の文をあんなに量産できるのかw
浅識の私に教えて欲しいのですが
1に教えて欲しいのだけど、諸葛亮の後継者がキャカツセンだったってのは何ソースなんですか?


742 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:55:51
>>739
うるせぇ奴だな。どっちが失礼だよ。

743 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 21:58:25
>>722
それ逆でしょ
劉備は曹操が魏王になってから漢中王になってる
魏が簒奪してから皇帝になってる
つまり自分が魏公になるということは敵対勢力に大義名分を与えてしまうということなんだよ
献帝を擁して天下統一というジュンイクが描いた絵を実現するには、あの時点での魏公への推戴は敵を利する妨害行為同然ということだ

744 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:18:46
>>743
魏は蜀を怖れていた?

745 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:19:12
>>722
おかしいだろ。
文王めざしているのに、やっている事は王莽。

746 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:21:57
>>745
そもそも周の文王は史記によると殷王がいた頃から王を名乗り、天子となる天命は既に受けたと解釈されていた
曹操がそれを目指したということは、曹氏が天子になる気はマンマンだったんだよね

747 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:37:15
>>746
文王の正当性も怪しいもんだがな。孟子だったか孔子の弟子で、
帝辛(紂王)は世間で言われている程悪くない。っとか記述もあるらしいし。
まぁ、王莽よりはマシだろうがw

で、曹氏のやった簒奪は悪い禅譲。だから劉備が漢を一時的に復興させたわけだーな。
孔明がこれに関わってくるわけだが…孔明は狸w劉備も狸w

748 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:42:25
史書で王蒙さまを皇帝に押し上げよう!運動を読んだとき、あまりの白々しさにジュンイクは鼻で笑ったとかそういうエピソードないのかな?
まさか自分の主君が(ry

749 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:47:38
>>743
流れ的に漢中王は劉備じゃなくて高祖の話じゃね?

750 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:48:27
曹ヒが尭舜の禅譲もこんなものであったに違いない、
とか放言するエピソードって小説だっけ?

751 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:48:59
曹操が自分は文王でありたいと言ったのは献帝に対する圧力だよね?

752 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:50:32
>>749
誤字に寛容な俺とはいえ、それは「漢王」と書いてくれないと劉備と区別つかない
三国志のスレなんだし

753 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:53:50
>>749
劉邦が「漢中王」になった事など一度もないぞ
漢中王が初めて正史に顔を出すのは劉備の自称から

754 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:55:28
>>753
Yahoo辞書では
3 中国で、王朝を始めた天子の称。漢の劉邦(りゅうほう)、唐の李淵(りえん)など。

劉邦でいいんじゃない?

755 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:56:23
>>752,753
俺は>>722じゃないから言われても困るが
漢王が実質、漢中王なのは分かるでしょ

756 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 22:57:38
どうかしてるな。
>>753>>752
今日もう寝るわ。。

757 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:00:17
あぁそうか
興奮しすぎて<書き込む>ボタン押す前に
読み直してないのか。。。。
自分の書いた文を読み直さないから
突っ込みどころ満載の文をあんなに量産できるのかw
浅識の私に教えて欲しいのですが
1に教えて欲しいのだけど、諸葛亮の後継者がキャカツセンだったってのは何ソースなんですか?


758 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:01:49
>>754
「高祖」じゃなくて「漢中王」の方だよ

劉邦は「漢中王」を称した事は一度もない
劉邦は漢王を号した

>>755
漢王と漢中王じゃ歴史的な意味が全く違うよ

759 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:10:30
>>743は誤字に騙されただけだから気にする必要はないと思うが
>>720の論理は劉邦が公、王になってるから破綻してるような気がする

760 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:10:53
>>722
じゃあ漢王劉邦のこととしてレスしとくと、
劉邦の場合は各地に王が立っていた状態で、主君(楚王)が「関中に入ったら=秦倒したら関中王にしてあげる」っていう約束があり、それを果たしたのが劉邦だった
だから漢中・蜀どころか関中の王に立てられる正当性があった

曹操の時代である漢では、初代高祖劉邦が「劉氏以外は王になっちゃだめ」って約束をしてた
だから最初は「公」と称してその約束違反を回避しようとしたのかもしれないが、のちにはそれすら無視して王になった
それに魏公になったことについても劉邦の時のような公約があったわけでもないし、さらには>>725も言うように「安漢公→簒奪」となった王莽を思い出させる
高祖の約束を破り、更に王莽を連想させるという時点で反対者が出て国内国外ともに乱れるのが目に見えていた

761 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:12:22
結局だれもどっちの北伐が優れてたかは語らないんだね

762 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:22:31
漢王朝で九錫を得たのが王莽と曹操だけ、というのも大きいね
荀ケ伝には書かれていないが、董昭の提議の時点で九錫を受けることも当然議案に含まれていただろうから
しかし、それらは単純な名誉欲というものではなく、曹氏の基盤に関わる重要ないわば戦略的議案だった。
>>720が言うとおり。

しかし、「高祖の業」をそのまま当時荀ケの発言だと信じるとすると、エン州から呂布を駆逐する前に既に
漢の世を終わらせることを視野に入れ、謂わば使い捨てるつもりで献帝を迎えることを進言したほどの怜悧な野心家が、
曹操の年齢と存命中の統一の困難を思いやっただろう魏公就任を理解できず、曹操と修復不可能な亀裂を生じさせる
ようなヘマをしたのか? という疑問が出てくる。

763 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:29:30
あの当時の状況で使い捨てるというのがそもそもありえないような

764 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:36:10
>>762
昔の曹操は弱気になった時に重臣に激しい言葉で諫言されて立ち直る、ってのが頻出パターン
ジュンイク的にはそのときと同じで、天下統一に対し弱気になった曹操をたしなめるようなつもりだったのではないだろうか
ヘマはヘマだが、それくらい曹操の方針転換ッぷりがジュンイクにもついていけないくらいはなはだしいものだったのかもしれない

あと、まさか殺しにまではかかるまい、と高をくくっていた可能性もある
ジュンイクと修復不可能な亀裂を作るのがあまり美味くないのは曹操も同じなんだから

765 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:39:36
>>737
タンを揚げてタンカツにしてキャベツを挟んだ料理

766 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:46:06
曹丕が孫権に与えてるし九錫に深い意味はないと思う。
荀ケと曹操の間に修復不可能な亀裂があったという前提は正しいのかな。

767 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:50:28
>>764
一州を統一できるかどうかも危ない時期に、高祖に比して天下統一と曹氏王朝を視野に入れて語るのが
二人の関係だったとするなら、違う時代の人間からはいささか誇大妄想に見えかねないな。

もっとも、天子を名乗っては消えていった人間が幾らでもいた時期だから、
中小群雄であっても「あわよくば」と語るのが当たり前の時勢になっていたのかもしれないが。
当時の世相を知るのにもう少し手がかりがあればいいんだが。

768 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:55:03
>>766
九錫は王権の証。九つ全てを備えるのは本来天子以外にいない。
魏は孫権に対して独立の王権を認めたことになる。

で、
>荀ケと曹操の間に修復不可能な亀裂があったという前提は正しいのかな。
正しくないかもしれない。すると荀ケはただの病死であり、
「漢忠臣説」と「漢魏交替主導説」の論議は殆ど意味が無いことになるがw

769 :無名武将@お腹せっぷく:2009/04/30(木) 23:58:48
>>767
劉邦だって元は後の益州しか持っていない状態だし、さらにその前は楚王や項羽より格下の将でしかなかった
ジュンイクとて何もかもなぞらえるつもりはなかっただろうけど、弱いところから強敵を飲み込み最上の地位に立つ展開を想定するなら劉邦を持ち出すのが一番説得力があるんだよ

>中小群雄であっても「あわよくば」と語るのが当たり前の時勢になっていたのかもしれないが。
実際そうなんだと思うよ
例えば数郡しか支配圏にない孫権と魯粛でさえそういうことを語ってる

770 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:08:34
正しくはないが、不仲説を裏付けるものとして赤壁を境に荀イクの事跡が魏公反対まで無くなってしまう事がよく挙げられてる

確かにそれまではびっちり曹操の一挙手一投足とまでは言わないまでも一心同体かの如く常になんか献策してるのに
赤壁以後パッタリ途絶えるのは不自然に感じる
ただこれにも色々と考えられることはある

例えば曹操が伏寿を除こうと考えている時に「こんなものがあったけど官渡の時忙しくて忘れてた」と
伏寿の書簡を「どこからともなく取り出して」曹操に差し出した
これ注釈だと仲違いエピソードのように書かれてるけどどう見ても曹操に利する事だし
俺は朝廷対策に色々と根回しはしてたんじゃないかと思ってる

荀イクは荀イクで曹操を王位とか帝位に就けたくはあったんだろうが、タイミングが悪かったんで反対しただけという可能性も無きにしもあらず

771 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:21:40
>>769
「劉邦を持ち出すのが一番説得力がある」。これに文句はない。
しかし、いわば発破を掛ける効果を期待し、文字通りの「たとえばなし」だったとするなら、
>>716は成立しないんだ。

>孫権と魯粛
のように、勢力拡大は誰でもが可能な限り目指しただろう。
でも、「漢魏交替主導説」を取るなら、荀ケは「明確に王朝交替を目指しながら旧朝の権威を最大限利用する」
とまでの計画性を持って曹操を支援した文字通りの腹心だったことになる。
そこまでの人間を曹操が切る>>727に到るにはよほど決定的な亀裂が無ければ有り得ないだろう。

>>770
伏后の一件は信憑性はないと裴松之に叩かれているが、
原型になる事件、そういう板ばさみは荀ケの立場上有り得るとは思う。

>タイミングが悪かったんで反対しただけという可能性も無きにしもあらず
もしかしたら、荀ケの死のタイミングの悪さのために史家達が1700年間振り回され続けているだけなのかもしれない、が…

772 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:30:15
>>770
裏付けには程遠いが、孫権討伐に荀ケを同行させた(エン州牧時代から通じて初めて)
のは、宮廷に荀ケを残すと謀叛の危険があったからと見ることができるかもしれない。
司馬昭は諸葛誕討伐に曹髦自身を連れ出している。

773 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:40:01
もしあくまでも曹操に好意的に好意的に解釈すると

荀イクの容態悪化→今生の別れに強引に寿春まで呼び出す
→悶死は「最後までお手伝い出来なくて残念」という趣旨の発言の「残念」だけがトリミングされたもの

という見方も
嗚呼、蒼天航路

774 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:45:48
>>771
文字通りの「たとえばなし」ではないよ
劉邦を持ち出すということは、少なくとも大筋では劉邦を手本にするということ
弱小勢力で皇族でもなんでもない身から一代で天下統一に至ったのはその時点で劉邦だけなんだし、その模倣から入るのが普通だろう
皇族であった光武帝と違うので、性急に皇帝になるべきではない、ということもそれに含むと言っていいと思う

>よほど決定的な亀裂が無ければ
魏公に反対したから曹操が魏公になれない
これは決定的だよね
なにしろ侍中で尚書令のジュンイクが反対し続けるということは、献帝から魏公就任の詔を引き出すことができないわけだから
逆に言えばジュンイクはそういう職権を盾に魏公就任を潰したわけだ
魏公なんて言わずにまた戦争行って天下統一のため頑張って来い、というわけだ

ジュンイクが単なる謀臣なら亀裂があっても命のやりとりにはならないが、丞相と尚書令の間ともなればちょっとでも対立したら一方が屈服するか死ぬしかない


775 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:46:36
>>773
容態が悪化してから呼び出すって鬼ですな

776 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:49:25
>>775
もう助からないと判ってから、という事で
双方たっての希望ならいいんじゃないかな

777 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:50:27
>>776
>>773のストーリーでも「強引に」らしいけどな
やっぱ鬼じゃん

778 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 00:54:17
他の人も書いてるかもしれんが、権道派が己の権勢を拡大するために邪魔な
荀ケを排除しようとした、と言う可能性はないかのう。

曹操も実は荀ケよりであったが、一応魏王までは臣下のことも考え受けた。
しかし天下の統一も完了していない状況では最後の一線だけは絶対超える
訳にはいかない。

どうも曹操の行動を見ていると荀ケのことを邪険に扱ったわけでもないよう
に思うのよねえ。

779 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 07:41:45
>>778
曹操は反対されて「内心穏やかではなかった」って明記されてるし
どう好意的に解釈しても亀裂が入ったとしか言い様がないのでは
その頃起こった孫権戦に朝廷に荀イクを同道させてくれと願い出てるのを鑑みて
単なる不快感ではなく謀反の可能性を恐れた(監視のため連れていく)という意味なのかもしれないが
いずれにせよ曹操の信頼はなくなっていたということになる

780 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 09:17:06
>>774
>ジュンイクが単なる謀臣なら亀裂があっても命のやりとりにはならないが、丞相と尚書令の間ともなればちょっとでも対立したら一方が屈服するか死ぬしかない
まったくその通りだ。だからこそ、

>>762
>漢の世を終わらせることを視野に入れ、謂わば使い捨てるつもりで献帝を迎えることを進言したほどの怜悧な野心家が、
>曹操の年齢と存命中の統一の困難を思いやっただろう魏公就任を理解できず、曹操と修復不可能な亀裂を生じさせる
>ようなヘマをしたのか?
という疑問が出てくるわけだ。

>>764
>まさか殺しにまではかかるまい、と高をくくっていた可能性もある
>ジュンイクと修復不可能な亀裂を作るのがあまり美味くないのは曹操も同じなんだから
というのは、ほとんど考えられない話なんだ。当時の後漢朝廷の緊張度を想像すると。

当時の丞相録尚書事曹操の権勢は圧倒的で、魏公就任を阻む者は朝廷内には殆ど無かったと言ってよいだろう。
曹操の立場からすると是非欲しい地位でもあった。侍中尚書令荀ケは余程の覚悟を以って反対したはずなんだ。
で、「そのうち皇帝になって貰うけどまだ早いから待て」と言うだけで自分と荀家と潁川閥を潰しかねないほどの覚悟を持ち得たのか、
というのが大きな問題になってくる。

781 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 10:34:42
裴松之は曹操に追従してりゃ高官として一生をまっとうできたと分かってて
敢えて荀イクは最後に名を取って自殺的行為を行ったと主張してるね
彼の失脚が名誉の自爆、尊厳死だったなら自殺説が出るのも当然だな

782 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 15:16:41
赤壁以後の曹操は健康がかなりあやしい。
皇帝になるまでもっても、初代があっさり死ぬのは不味い
魏公以外にも九州制も荀イクは最初反対してたな
曹操が私党を強化する行動に関しては何か含みがある反対
荀イクからすれば使い捨てるのは曹操の方だったかも

傀儡と化した皇帝が成人して
その反抗でいいように使い捨てられたような形で滅びる外戚や大臣はかなり多い
王氏や曹氏みたいに勝ちきってしまう方が例外

783 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 16:13:09
>>782
その思惑とは逆に曹操の方が立場強くなったんだろ。
官渡あたりまで荀ケは曹操と並び称される英雄だったけど、それ以降影が薄くなる。
皮肉にも荀ケが推挙した人材が曹操を本気でバックアップして
荀ケが要らない子になってしまったと・・・崔エンや毛介同様に

784 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 16:13:11
孔明は曹操をかなり意識してたと思うのだが
漢中で決着つける気はなかったのかな

785 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 17:31:06
>>782
丞相なら一代限りで権力は終わるが魏公になったら曹氏の権力が漢帝国内で永久のものになる、それは荀イクの望むところではなかったということかな
あくまでも曹操には漢王朝復興の忠臣として人生を終えて欲しかった、と
孔明の息子や陸遜の息子が世襲で権力を得なかったごとく

786 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 19:04:01
孔明の息子は後もうすこし蜀が長持ちしてたら
権力者になってたと思うけどな。まあ実力はともかくね。

787 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 20:10:11
>>786
諸葛瞻は権力者になってる。独裁ではないけど。
それは諸葛亮の死後の影響力であって、法的に保障された権力の世襲ではない
諸葛亮の死後、蜀漢の政権を担ったのは元丞相府の人員達であり、
諸葛瞻に恩義を返すのは当時の仁義。
劉禅も遺風を慕ったのか、娘を嫁がせている。
それらは皇帝とその周辺の厚意によるものでって、もし諸葛亮が皇帝に嫌われていたら
成立しない話。

788 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 20:19:42
チンジュはちょっと嫌味っぽく書いてた気がしたな。
「民衆はいい事があると関係がないのにショカツセン様のおかげだと感謝した」
みたいな降りあったな。

789 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 21:23:30
>>778
最近、武帝記を読み返しているんだけど、曹操に漢の献帝を廃しようとした動きや利用しようとした動きは、少なくとも官渡までは無いよな。
許昌への遷都も、ジュンイクの発案じゃないみたいだし、普通に漢の守護者たらんとして、廃帝や他の皇族の擁立の動きに真っ向から反発してるし。

何となくだけど、立場上王位を受け入れるしかなくなった曹操が、ジュンイクに”何で分かってくれへんのや”って甘えているようにしか見えない。

790 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 21:38:07
>>785
曹操もそのつもりだったとは思うんだよね。
そうでなければ、劉虞擁立をしよと誘ってきた袁紹の件を突っぱねて、関係を悪化させる危険を冒す必要も無かった。

でも、曹操の部下からすれば、上司の栄達はそのまま部下の栄達に繋がる・・・漢帝を支える求心力を維持するには、九錫と魏公位は受けざるを得なかったんじゃないか?

791 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 21:39:17
いや九錫を受けるのはかなりまずい
公就任はまだぎりぎりセーフだが

792 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 21:43:11
赤壁の敗北後
たぶん曹操は全土統一を諦めたのかも知れないな
小さな勢力を虱潰ししてるうちに三国が鼎立してしまい
地理的好条件を抑えた蜀呉、しかも曹操存命時は両勢力とも人材的にピークであり
いくら曹操が優れていてもそれを覆すことはできない状態になってしまった

793 :778:2009/05/01(金) 21:50:21
>>779
曹操の内心穏やかでない、と言うのもどういうことに対してなのかが明言されて
いないから、ちょっと微妙なのよね。もしかしてそういう発言をする荀ケの身に
危害が及ぶことを案じてのことかもしれない。

立場上曹操も受け入れざるを得ないけど、そのためには宮廷内の嫌な動きを荀ケ
に見せなければいけない。当時既に健康を害していたであろう荀ケの心労を減らす
ために呼んでやった、のかもしれんね。

曹操の場合、群雄として割拠した当初から皇帝になろうなんて意思は見えないの
よね。それは一部明らかに曹操を敵視していた人物以外、粛清した人物の名前が
あまり挙がってこないからかもしれん。曹操は最初から一線を引いていたんじゃ
ないかねぇ。

794 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 21:50:59
>>792
孫権に呉王位を下賜しようと働きかけたのは、実は軍事的な統一が自分の生存中は不可能だと見て、周王朝のような連合国家体制での、形だけでも漢による統一を図ったのかもね。

漢の皇帝の下、封土を下賜された呉と魏が存在するという形で。

795 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:03:50
>>794
呉が形だけでも臣従して以降に禅譲推進派が一気に発言してることを見ると、形だけでも漢=丞相曹操が統一した(蜀以外)という状態を作りたかった
漢による統一といっても、結局成し遂げるのは曹操ということなんだから、絶対に曹操への禅譲論は出てくるしそれはもう抑えようにも抑えられない
この呉が臣従している間というのは魏が唯一統一王朝の面目を保てた期間(蜀以外は全て統一したと言えるから)なわけで、呉を繋ぎとめるためなら王位だって九錫だってやるしかない

796 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:27:46
>>793
それは曹操を美化し過ぎ
王莽だって家臣が九錫を受けてくださいと運動を起こしたから嫌々受けたのですよ?w
そもそも内心穏やかでなかったという訳より内心面白くなかったという訳が正しい

797 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:33:10
>>792
魏公の動きがあった211年は、まだ鼎立に程遠い。
張魯討伐に鍾ヨウを送るなどしている(馬超に阻まれたが)
この時点ではまだ統一を諦めるような情勢ではなく、
曹操はそれを目指して軍を動かしており、
実際運が幾つか曹操の側に転べば十分に分があっただろう。
赤壁後に方針転換、とは言えないと思う。

798 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:35:02
>>797
荊州征伐を中途半端で放り投げてるのがなによりの方針転換の証でしょ

799 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:39:31
>>789-790
立場上受けざるを得ないってのはないな
曹操が本気で簒奪が嫌だったなら「わしを王莽にしたいのか」って答えりゃそれでみな黙らざるを得ない
内心はともかく表立って「カッコつけずにさっさと皇帝を引きずり降ろせよ」なんて言えないものね
それがなかったってことはまあ凡百の簒奪者と同じ意志だったってことかな

800 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:40:46
>>782
兵権の一部を握っていた司馬イとその息子たちは、魏王朝の慣例を無視した不忠者を討伐した・・・と言う歴史がある。
もしジュンイクが兵権を握っていた場合、漢王朝の慣例を無視した不忠者を誅した可能性があるというわけか?

それはそれで面白いかも・・・ジュンイクが曹操を切り捨てるって言うのは。

801 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:41:13
>>798
作戦遂行の限界と大戦略の転換は別のもの。
歴史をあとから俯瞰すれば、赤壁が曹操の転換点だった、とは言えるが、
だからと言って211年段階の曹操が統一を諦めていた、とは断言できない。

802 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:42:06
曹操も司馬懿も同じ穴の狢

803 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:45:17
>>801
諦めてないけど、より長期的視点に立つようになった

もっと言えば、孫権と劉備との激突はなるべく後回しにして、他の勢力を併呑することを優先した
最大勢力は維持したし呉は一度は降伏したから半分成功だが、放置してた劉備と孫権が強大化して簡単には手が付けられなくなった上に自分の寿命が先に来たから半分失敗というところだろう

804 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:45:30
劉備は孔明の天下三分の計があった。孫権は元から中国統一の意思無し。

対して赤壁後の曹操は中国統一に関してどのように考えていたのだろうか。

漢中落としたときも蜀方面には向かわずとっとと軍を引いちゃうし。

805 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:46:01
>>799
・・・・う〜む。
縣帝廃立や偽帝詐称の輩を討っていた曹操の前半生を考えると、どうもなぁ。

それでは、一体何処で、一体いつから、曹操自体が献帝を蔑ろにしようと言う意志が芽生えたのだろうか?

806 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:46:07
>>803
それなら同意

807 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:47:28
>>804
ちゃんと魯粛伝を読めば、孫権と魯粛は中国統一するつもりだと分かるはず
「俺若いし時間かけてもいいや」とは思ってたっぽいが

808 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:48:33
>>805
詐欺的行為で献帝を許に強制連行した時点から

809 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:50:08
>>805
曹操は、劉虞を擁立した袁紹の上奏で東郡太守になっている。
上奏の相手は献帝では有り得ない。だからその時点で。
魏書ではかっこいいことを言ってるが、まず曲筆だろうね。

810 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:54:27
上奏はどこだったんだろうな?
董卓が倒れ、王允も死んだ後、
李カクが朝廷を牛耳ってた時点である程度関東の諸侯とは渡りがついてたらしい
張バクの乱の後、曹操がエン州牧を正式に拝命したのも献帝だったし

811 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:55:09
>>805
その辺の詐称の奴等を片付けることは大義名分を手に入れる上で曹操にとってもプラスになる
そもそも献帝を迎えるよう献策したのは荀イクらで曹操はその意見に従って腹を決めた形

812 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:55:23
だいたい、献帝は正統性を疑われる皇帝だったんだから、献帝を奉じていたから忠臣で劉虞を奉じたら忠臣じゃない、って単純なものでもない

評判の皇族劉虞を奉じた袁紹は実は漢の忠臣だったかもしれない

813 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:55:29
なんだ一人のアホがオナニー文章書き散らかすスレか。

814 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 22:59:01
>>807
だとしたら魯粛が死んだ時点で彼の戦略による天下統一は諦めたと言ってもいいんじゃないか?
魯粛の時代にはやらなかった劉備との正面対決やらかしてるし

815 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:00:11
>>808
それを提案したのが、他ならぬ董昭
そして許昌で初めて社稷と法令が整ったという記述から、許昌への遷都は妥当だったんじゃないかと思ってる。
もし献帝を軽んじているならば、袁家を滅ぼした時点で、俺ならば更にギョウへ遷都しているけどな。

>>809
ちょい待ち。
劉虞擁立は劉虞が受け入れなかった事で擁立できて無いぞ。
上奏の相手は献帝で間違いないんじゃないか?



816 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:02:22
>>812
元々董卓が少帝を廃して代わりに立てた人だからね
正統性を争うなら言い分はあるんだよね

817 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:10:39
つまり曹操が反董卓の檄を飛ばした時点で献帝個人への感情はあまりよくなかったかもな
お前なんか董卓なんかによって皇帝になった奴じゃん、て

818 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:12:20
>檄
正史だと橋ボウじゃなかったっけ?

819 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:14:48
>>815
劉虞伝を見たら、劉虞が即位を断った後、韓馥が改めて録尚書事になるよう薦めているから
皇帝として一方的に推戴し続けたというのは無さそうだな。スマン。
でも、献帝を一度は正統な皇帝と認めなかったわけで、そう簡単に翻すとは考え難い。
翻すのは東帰の後だろう。
でも、劉虞の子の劉和が朝廷と連絡とって帰りに彼方此方で足止め食らったりしてるから
この時期の情勢は難解だな。

820 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:15:06
>>817
反董卓の檄文は曹操によるものじゃないぞ。
逆に、董卓に擁立されている皇帝に対抗して王族を皇帝に擁立しようとお誘いをしてきた奴らに
『君達は、古代の賢臣と同じく、天の時、地の利、人の和を得ているのか?頭を冷やせ』って言ってるよ。

821 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:24:49
>>820
でもこのセリフじゃあまり忠臣っぽくないなw
反曹操の謀議凝らしてる朝臣たちの中の慎重派から出そうな意見だ

822 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:25:58
>>819訂正
王允が董卓を殺した時点で、山東諸侯は形式上それを歓迎した可能性はあるかな?
曹操の東郡太守はその前の狭間にある時期だからめんどくさい。
田疇が派遣され、劉和が父を尋ねて三千里したのはさらに後の李カク時代になるか

823 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:30:21
>>821
献帝を保護する前の話しだから・・・曹操は献帝が保護下に無く、董卓の庇護下に有っても献帝の正当性を主張しているところがポイント。

824 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:31:53
劉虞擁立に反対するのと献帝の正統性を認めるのはちょっとちがくね?

825 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:40:06
>>824
『魏書』の曹操は、「諸君らは北面すればいいよ。俺は西を向いてるから」と明白に献帝を支持しているよ。

ただ、この『魏書』は裴松之に非難されるところでもあるが、特に曹操の漢朝への忠誠から
禅譲の下りの信憑性は甚だ怪しい。
これが成立したのは司馬氏がまさに曹氏から禅譲を受けようとする時代だからね。
この時期の曹操は何一つ地盤を持たず袁紹の支配下に留まる一将に過ぎない。
こんな風に袁紹に逆らって支援を受け続けられたとは考え難い。

826 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:44:11
曹操も途中までは袁紹の下請けにすぎなかったからなあ。

827 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/01(金) 23:44:18
王莽も漢の皇帝に忠実だったからね
平帝暗殺疑惑も反乱者によって出されたものだし、劉嬰もずっと保護していた

828 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 00:31:37
この流れは、諸葛亮と劉禅の関係は、曹操と献帝と同じという展開に至る伏線なのだろうか・・・。

829 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 00:34:46
>>828
そうだよ
諸葛亮も「北伐成功したら九錫でも十錫でも貰ってやるぜガハハハハ」って言ってるだろ

830 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 00:40:08
>>829
その頃には亮は…

でも息子が簒奪しちゃうかな。

831 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 00:51:20
>>828
まあ、結構違うけどね
二人の共通点
・丞相への非常に強力な集権・独裁体制を取り、同格の者がいるのを嫌った。

相違点
・曹操は軍事力で皇帝を向かえ、旧来の側近を排して近親の者で固めた
・曹操は冀州牧・魏公・王となり国内に王朝のものではない独立の勢力を築き上げた
・曹操は九錫を得た
・曹操は皇帝を擁立して企まれたクーデターを何度も阻止・鎮圧した
・曹操の子の曹丕は父の死後間を置かずに皇帝となった
・諸葛亮は先帝に抜擢されて昇進し、孤児を託された
・諸葛亮は死後も皇帝と群臣によって敬愛され続けた

832 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 00:53:21
>>824
諸君らが「北面」している相手は誰になるの?

833 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 07:11:19
まあ曹操と諸葛亮では立ち位置そのものが全く違うからね。諸葛亮はあくまでも
劉備の下に集まった人間の中で劉備自身に丞相に任じられている。いわば保証の
あるNo.2であるのに対し、曹操は立場上漢帝国における実質的なNo.2では
なく、外は袁紹、内は董承など彼と並びもしくは上に立つ人間がいた。

蜀が劉備−諸葛亮−その他配下、と言う序列ができ、皆がそれに対し納得して
いたのに対し曹操の場合は保障された立場で無いから実力でライバルを倒して
いくしかなかった。恐らく、諸葛亮も曹操と同じ立場であればやはり同じコト
をやっていたと思う。それは権力欲、と言うよりもそうしなければ己が潰され
てしまうから。誰にとっても生存をかけた戦いになる訳だね。

それと蜀の場合は漢の社稷を引き継ぐと言う名目がある以上、諸葛亮が簒奪を
やろうとした段階で国家としての存在意義が失われ、国家そのものが崩壊する
ことになる。選択肢としては誰が丞相でもありえないでしょうね。

834 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 07:48:55
曹操の魏公、魏王就任の件についてやはり納得行かないのがそこまでやってて
何故皇帝になろうとしなかったのか、と言う点ですかねえ。

あそこまで行っていれば皇帝になっても問題もなかった(事実曹丕はすんなり
禅譲を受け、皇帝になっている)と思うのですよね。それをアソコまで拒否する
と言うのは何かしらの意味があるのではないかな、と思うのですよ。

国家としての体制強化のために魏王になることまでは承諾したが、それ以上は
絶対ねーよ、って感じでしょうか。では何故皇帝は無いのか、納得行く理由と
言うものが今まで得られたことは無い。

だから逆に積極的に魏公魏王に就任した、と言うのにもやや違和感を感じる。

それと荀ケ別伝には荀ケ死後、荀攸が魏の尚書令となり荀ケ同様賢人を推薦し、
士人を挙用したとあり、その際に曹操が「二人の荀尚書令の人物鑑定は時間が
経てば経つほど、ますます信頼に値する。ワシはこの世を去るまで忘れない。」
とまで言っている。

ここからは荀ケに対するわだかまりが見えないどころか相も変わらず尊敬の念
が伺える。別伝だから信憑性の確認は必要だけど、やはり両者の確執と言うに
は微妙に違和感を感じるのよねえ。

835 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 08:28:34
>>834
地盤固めのうちに死んだから(大小の抵抗勢力との戦いに手間を食った)で説明出来る
実際曹丕がすんなり皇帝になれたのは曹操が魏諷みたいな奴等をつぶしておいたお陰
逆に言うと都で何度も兵が挙がるはめになりながらも魏王を目指したのは積極的な意志、覚悟の現れて言える
自身が絶対権力を握りながら皇帝にならなかったのは司馬昭も同じでこの辺は寿命やその他片付けるべき仕事との兼ね合い、で十分

確執があったというのと能力を評価するのはまた別の話だろう
曹操は劉備や周ユですら払うべき敬意は払うタイプ
そもそも逸話を考慮するなら空の箱を送られた話も同列に考慮すべきであって
自説に有利な資料だけ固めて論を展開するならそりゃどんな小説的美談に仕立てあげられるよね

836 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 09:55:08
>>835
魏諷って別に曹操が潰したわけじゃない

837 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:05:01
>>836
そいつは揚げ足取りにもなってないよ

曹操に禅譲を勧める進言が続々出てくるのは孫権が臣従してきた時
そしてそれ以降曹操は都に戻っていない
だからそもそも禅譲革命を実行するタイミングが生前に存在しなかった
曹操はなおも慎重な態度ではあったが、洛陽や許に元気なまま戻っていたら曹丕の代わりに曹操が帝位に就いていたと考えた方がいい

形の上では即位のときですら3回も辞退するなど、進んで帝位に就く意志は見せないのが本来のありかた
本人が帝位に就こうとしていなかったからといってその気が本当に無かったと思うのは早計
次の代でどうなったか、また臣下の多くが明らかに「禅譲受けて当然」と思っていることなどを考えれば、曹操自身にも帝位への野望があったと考えるべき

838 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:19:24
>>837
いや本当に曹丕の仕事だったわけで

839 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:20:25
いやいや、皇帝になれるタイミングは何度もあったし、夏侯惇ですらなっちゃえ
と勧めているのでさえ拒絶している。寿命云々の問題じゃないと思うよ。

それと敵の能力を評価するのと確執した相手を評価するのはまた意味が違う。
曹操は確執のあった相手の能力を評価する、ということはまずしない。孔融を
処刑した時の布告などを見てもそれは明らかです。

840 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:26:02
>>831
これが孔明以後の蜀漢の内部分裂の原因のひとつになっていると思う。

・曹操は冀州牧・魏公・王となり国内に王朝のものではない独立の勢力を築き上げた
諸葛亮は、益州牧・丞相となり漢中に王朝から半分独立した丞相府の勢力を築き上げた。


841 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:28:35
単純に病状が悪化して寿命が見えたから、皇帝になるのやめたんじゃないの?

842 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:28:52
>>839
何度も、は無い
その後どうなってもいいならいつでもできるが、支配圏と配下だけでもみんな納得するようなタイミングというのは孫権が臣従して即位を勧めてきて以降にしかない
相手が誰であれ少なくとも自分から帝位に就きたがるような言動はしないのが建前なのだから、相手が誰かは関係ない
ただ、曹操は蜀を滅ぼしてから即位しようと考えていた可能性はあるが、いずれにしろ自分での即位を諦めて息子に託したのはいよいよ寿命が危ないと感じてから(それが周の文王発言)なのだと思う

843 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:47:14
>>839
孔融への弾劾文は、孔融処刑という目的がまずあってそのために作られた手段があの文面なんだから
内容が曹操のありのままの思いを表してるとは言えないだろう
実際大半は曹操への悪口文なみの曲筆ばかりだし
加えて曹操はへ理屈が多い孔融を能力的に買ってたとは元々思えないんだよね

844 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:53:58
孔融は北海派閥の代表だから、それなりに扱っていたんだろうな曹操は。で、勘違いしちゃったと。

845 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 11:57:37
まあ、実際は言われるとおりだとは思う。荀ケの件だけが妙に自分の中で引っか
かっているだけで、曹操の野心は否定するつもりは無い、ちなみに空の器云々の
件は脚色の多い魏氏春秋の話であり、いかにも創作したような話なのであまり私
は信じていないです。

孔融のことは元々買ってはいなかったと思うが、例えば曹丕は孔融の文を非常に
評価して遺稿を探させたりもしている。それを考えると確執のあった人物に対す
る曹操の態度はやはり、一線を引いていると思う。

846 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 12:32:42
>>845
曹丕が評価してたから曹操も評価してたとかマジで意味不明なんだけど
文帝は父親から独立した意志を持ったそれなりの人物ですよ?
詩才も決して劣ってないどころか理屈っぽい表現など勝ってるところもある
なのに曹操の付属物みたいな見下した考え持ってないか

847 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 12:53:00
>>846
ん?何かおかしな話になってるな。そういう意味ではなく曹丕が目を
つけるほどの文を書く才能があれば、曹操だってそこは評価してたと
してもおかしくないでしょ。

事実、曹操を擁護者として建安七子と言われているのだから当然曹操
は孔融のそういった面を買っていたはず。それでも処刑した後、曹操
は孔融の遺稿などを一切無視するような態度を取っている。

曹丕はせっかくの名文なのにそれを埋もれさせるのはもったいない、と
いうことでそれらを集めさせた。

これでどうして曹丕を見下したことになるんだ?

848 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:06:27
>>845
荀イクはいつも文書で進言してる
当時文書は裸で持つもんじゃなくて箱に入れて運搬するものだった

つまり空の器とは、進言してくれ、という曹操のラブコールだったんだよ!

849 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:09:50
曹操は孔融の文学的才能を評価に値しないと思った、或いは気付かなかった

でも文学的センスが勝っていた、或いは違っていた曹丕は孔融の良さをめでた

何もおかしくはないな

850 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:12:27
曹丕ってそんな戦下手か?
むしろ曹操のころより固い印象なんだが

851 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:13:10
途中までは曹操も孔融を評価してるよ
禁酒法の差し止めさせるための文書でもその文才はいかんなく発揮されてる

ただ政敵だったからぶっ殺しただけ

852 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:22:49
曹操は敵には冷酷
曹ヒは気に入らないのに冷酷

853 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:45:59
>(武帝の)覇業が成功し、漢王朝を滅亡させようとする行動が歴然となるに至り、 はじめて彼は身を殺し節に殉じて平素の心情を明らかにし、当代において、 正義を全うし、百代の後まで真心を伝えたのである。
>はるかな道のりを重荷を背負って歩き、理想を実践し正義を樹立した、ということができよう。 これを「(その理想を)完全に実現する事はできなかった。」と評するのはでたらめに近い。

漢王朝を少しでも永らえさせるためには荀イクが曹操に味方するのは当然だったと主張した後の松の字の分析
曹操のために何か図ったとか一代の義士・荀イクを貶める発言としか思えない
…まあ実際はそういうしょーもない男だったかも知れないけどなw

854 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:50:00
>>848
流石に裸で持ってたら変態だろう常考と思った所で間違いに気付いた

855 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:50:19
ジュンイクの「理想」が「天下統一」あるいは「曹操を皇帝にすること」だとしたら、完全に実現できなかったというのは全く妥当な表現

856 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 13:51:43
>>848
袋に入れるんだよ、文書は
あえて袋に入れずに誰でも見ることができるようにしたのが「檄」

857 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 14:10:20
おのれ曹操!漢王朝に飽きたらずこのスレまでも乗っ取っとりおったか!

858 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 14:29:25
>>855
彼の伝の末尾が「荀イクが死んだ翌年、曹操はとうとう魏公になった」だから
この志(理想)とは普通に曹操の魏公就任阻止を示すものだよ
少なくとも陳寿はそういうつもりで書いてる

859 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 15:13:27
>>856
いや箱だよ
文箱ってあるだろ、漢文だと函とも書くが
文書入れるのは箱

>>848はジョークで書いた
原文だと「器」で、これは食器の事だから
荀イクが皿で献策でもしてない限りはこういう解釈はできないんだよね
あえて錯誤して器を箱に仕立てたんだけど

860 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 15:32:05
>>858
いや、「志」は魏公就任阻止そのものではないだろ
抱負や理想なんだから、叶わなかった大きな意味での理想
だから@漢の復興かAそれ以外かで意見が分かれる

861 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 17:26:52
なんで曹操は簒奪する気があったのかなかったのか
たびたび議論されるのに。孔明はされないんだろうな。
孔明もタイミングがよければ皇帝になってたかもしれないのに。

862 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 17:44:43
今はそんな気ないって断言してるから

北伐成功つーか統一できたらわからんけどね

863 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 20:29:41
成功してたらいったいどうなってたんだろうな
成功した年代にもよるだろうけど
涼州司隷止まりかなやっぱり

864 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/02(土) 21:33:50
機動力を下げて攻撃力、防御力を高めた部隊だと推測できるから
山がちな地形だと鬼のように強いだろうけど広い中原出ると結構アラが出る構成

まあ長安と関中取ったらそん時はそん時考えるんだろうけど少なくとも現状では長安取るまでが限界だな

865 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 08:09:54
献帝からすれば董卓も曹操も同じ

866 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 12:48:58
北伐スレなのに何で曹操の話になってるんだw

867 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 12:50:35
861でちゃんと合流してるだろ

868 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 13:33:24
皮肉なことに献帝は後漢の皇帝の中じゃ最も在位期間が長いんだよな
後漢の皇帝は外戚やら宦官の傀儡にされそのたび廃位され在位期間が短いのが原因だが

869 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 13:51:13
献帝の外戚とか宦官とか官僚は曹操と敵対したのか?


870 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 13:57:05
董承とか曹操を殺そうとしてたジャン

871 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 14:34:34
>>868
廃位はあんまない
それより不自然なほど夭折が多い

872 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 14:49:22
長生きしようとして水銀中毒になったんだろう

873 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 14:56:38
普通に考えて 夭折=毒殺 なんじゃね?

874 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 14:59:12
考え方としては、皇帝を操っている権力者を追い落とすことから始まるんじゃない?
権力者が変わったら、前の権力者と血縁関係のある皇帝には死んでもらって、
新しく身内と血縁関係のある子供に皇帝になってもらうと。
権力者が次々代わると、皇帝も次々死んでいくことになるわけだ。

875 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 15:13:54
>>834
そういった逸話は表面上の評価・尊敬でしかないんじゃね?
荀ケに推挙された人や親族(荀攸を筆頭とする)に対する慰撫とも見れる
常識的な権力者なら、政敵を謀殺した場合は仲間も一掃する
できなきゃ、他には累が及ばないことを示す
ぶっちゃけ、お前らあいつの仲間だから信用できないなんて態度とるわけない

念のため、この例は曹操が荀ケを殺したという前提は不要なのでそれはスルー
ついでに人材登用において有用だったという面での評価を否定する気もない

876 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 15:16:09
取り立てたジュンユウ達がジュンイクを見限ったという可能性はない?

877 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 18:30:48
よく水銀中毒を挙げる人がいるが、この時期の皇帝が水銀入りの薬を飲んでたような記録は無いはずだぞ

878 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 18:38:34
質帝は毒漬けの餅であぼーんしたんだっけ

879 :875:2009/05/03(日) 19:13:54
>876
こちらとしては荀ケに近かった人を安心させるためのリップサービスかもしれない
という可能性を示したまでです。

その仮説はその場合はそんなリップサービスは必要なかったかもという可能性
だが、実際に発言はなされているので検討するに値しないかと…

というか、発言の裏(仮説)を否定するための仮説は根拠がなくて返答に困る

880 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 20:36:21
だが、毒殺と考えると宦官の側で内実に通じていたはずの曹氏の皇帝まで夭逝を始めることや、
死なれると明らかにその当時の権力者に都合が悪いケースもあるのが不可解になる。

881 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/03(日) 20:44:48
>>880は夭逝した全ての皇帝が毒殺であったと考えると、って話ね。

882 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 06:42:05
オークション
着払いとか代引きとか
送料の辺りで激しく詰まった
なんか郵便とか代引きとか佐川とか多すぎ
多分。小さい物だから郵便が速いんじゃないかなーとかね。


883 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 09:34:19
>>881
敵対派閥による暗殺があったのかね。

884 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 10:27:58
>>883
それは前回暗殺した側が有効な対策ができずに暗殺されるループという
情けない状態にならんかね?

こまかく考えれば実行犯(買収等で外戚に取り込まれた宦官?)は同じで
権力奪取後に外戚との関係が悪化して乗り換えとかなら無難かな

885 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 14:42:18
張飛って味方にやられたけど
あれって竜馬暗殺ぐらい裏でいろいろありそうだよね。
孔明黒幕説とかでてもいいんじゃないだろうか。

886 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 17:08:40
孔明が暗殺する必要がないな
第一あのとき既に半分張飛は名誉職のようなもんだったろ
張飛の性格上 仮に生きて劉備死後全軍統率したとしても
孔明とは上手くやれるだろうし

887 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 17:21:48
弥太郎sageだなぁ。って建山もなぁ・・・。

888 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 18:04:05
>886
わたしは885ではないが張飛が生きていた場合は問題があるよ
・呉との戦争が続行される(劉備と同じ理由で説得困難)
・皇帝の外戚という立場(実績も合わせて最高実力者)

2つ目はおまけだが1つ目は孔明の三国鼎立路線には致命的

889 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 18:32:04
ひとつ飛ばしている
劉備死後 張飛にそこまで実権を与えるかどうかだ
あの時点ですでに漢中は魏延に任されてるし
内務の最高権力者としては孔明がいた
もしも劉備が張飛に軍務を統率させるつもりなら もっと前線にいさせるか
都においてそのとき以外の官職を与えてもおかしくないんじゃないか?

890 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 18:42:40
張飛の年を考えろ。年を。
…でもこの人、何時生まれたの不明なんだよな…
少なくとも、劉備より下ってだけだろ。解っていることは。

891 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 19:08:46
劉備×張飛のほうが関羽×劉備より突き合いが長いんだよね確か

892 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 20:05:16
>>889

何を言いたいのか判らないが実権からいえば
張飛は車騎将軍として兵権があり反乱時の鎮圧が任務
さらに司隷校尉として朝廷の官吏を監察を行い問題があれば逮捕できる
つまり、張飛が問題があると思えば論理上丞相すら更迭可能
皇帝以外に止める権利はない
それに劉備が死んだらその実権を奪われる道理がない(強まるならわかる)

と、888の補足をした上で「ひとつ飛ばしている」につなげるべき言葉
「張飛が死んだのは対呉戦の準備中、つまり劉備が死ぬ前」
もし謀殺したとすればタイミング的にバレタラ危険すぎる

893 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 22:19:51
>>887
おk。
一緒にハム専に帰ろうか。

894 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/04(月) 22:53:04
nyan

895 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 01:26:30
スレ違いの話題で300レス近く費やすのはさすがにまずいだろう。自重すべき。

流れを確認すると、ここまで長くなったそもそもの発端は、
>>674で諸葛亮、姜維両者の時代の違いを比較しようとした事に対して、
魏で司馬氏が権力を握るまでの道程を荀ケ辺りから考えようとした事だな。
なので、今一度、諸葛亮が北伐を敢行した時代と姜維が北伐を敢行した時代での情勢の違いを考えるのが良い。

最も分かりやすく効いてくるのが、雍州、涼州における戦力配備の違いだと思う。
遅くとも王経が雍州刺史だった時代には、雍州刺史麾下の隴西諸軍のみで数万を擁していた事が陳泰伝から分かる。
これは諸葛亮の時代には考えられなかった事だろう。
231年の段階では、郭淮、費曜、戴陵の守る上邽に4千しか軍が置かれなかった事からそれが分かる。

これの転機がどこだったのかってのを考えると、興勢の役に行き着くと思う。
247-248年に隴西で大規模な異民族の反乱が起こった時、その規模にもかかわらず、
対応したのは雍州刺史郭淮で、都督の夏侯玄は一切動いていない。
これは雍州刺史の軍だけで足りたという事ではなく、雍州刺史が都督麾下の軍を吸収した事を示しているのだと思う。
別スレでの話の続きになるが、討蜀護軍が征西将軍に属さずに雍州刺史に属すようになったのも、やはりこの時期。
また、興勢の役を機に郭淮に節が仮されている。
結論として、興勢の役の敗北によって征西将軍が名声を失墜し、
これを転機として雍州刺史への戦力の転属が起こったという事になる。
その後、郭淮が征西将軍になると共に、刺史の戦力はそのままで都督の戦力も増強されたのだろう。
249年の戦いで姜維と相対したのが陳泰の軍であった事は、都督の戦力が増強し切れていなかった事を示しているのだと思う。
最終的に関中と隴西が共に大軍を擁すようになったのが、丁度姜維が軍権を握った頃なんだろう。

896 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 01:39:23
関中軍閥、淮南軍閥とでも呼べる四征将軍の都督府があったけど
河北と荊北が大人しいのは何故だろう?

897 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 01:49:18
>>896
離反を図ったのは淮南の都督たちだけで、関中の方は特に騒がしくも無いと思う。
鍾会が蜀攻略直後に独立を図ったけど、蜀を得た事が大きく、関中都督だった事との関連は薄い。

淮南が反乱の根拠地足りえたのは、ケ艾の調査の後に運河整備と屯田兵配置が行われた為に、
淮南淮北の生産力が非常に高かった事と、呉の協力を得やすかった事が理由だと思う。

898 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 01:55:54
王凌はすげー民政手腕の持ち主だったようだがマイナー

899 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 02:06:09
陳寿「王淩の名声は青州に響いたが、王基の協力あっての事であろう」

900 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 06:31:29
221〜223:兗州
224〜227:青州
228〜238:揚州
239〜240:予州

王基を手放さなかったのは不自然だな。
よっぽど彼が優秀だったということだろうか?

901 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 08:14:00
jomiえもんオイスー!
征西将軍って夏侯玄だよね?戦争に負けたからじゃなくて
正始の変で軍権の無い太常に異動させられたからじゃね?

902 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 08:33:29
征東or鎮東:張遼⇒満寵⇒⇒王基
征南or鎮南:曹仁⇒⇒王昶⇒
征西or鎮西:夏侯玄⇒郭淮⇒陳泰
征北or鎮北:

わからん。補足よろ

903 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 08:45:45
キョウイと孔明の時代の差を考えるならそもそも
30年近く立ってる事も考慮しないと。30年たってたら
戦術、兵器なんかは凄い変わると思うんだけど。
今、日本は戦後60年以上立ってるけど
戦艦大和と自衛隊の戦艦どっちが強いかって感じだよね。

キョウイだって孔明の戦術とかはそりゃ当然研究しただろうし
その上でキョウイは独自の北伐をしたわけで。

904 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 08:50:57
>>903
科学革命の起きた17世紀以降と
2、3世紀を一緒にするのは不味くないか?

905 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 08:52:28
>>904
けど戦争状態がずっと続いてたんだよ。
普通より技術とかは発達すると思うけどな。

906 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 09:51:11
オイスー!暇だから書いてみる
皇帝:曹丕_→曹叡_→正始前→正始後→曹ボウ→曹カン
鎮東:臧覇_→___→諸葛誕→毋丘倹→王基_→衛カン  ※衛カンは鎮西→鎮東
征東:曹休_→満寵_→胡質_→胡遵_→諸葛誕→石苞   ※諸葛誕→王基
鎮南:黄権_→黄権_→毋丘倹→諸葛誕→王基_→王沈   ※王基は鎮南→鎮東→征南
征南:夏侯尚→___→王永日→王永日→王基_→陳サイ? 
鎮西:曹真_→___→___→___→ケ艾_→鐘会   ※鐘会→衛カン→司馬亮
征西:___→張合β→夏侯玄→郭淮_→陳泰_→ケ艾   ※ケ艾→司馬望


907 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 09:57:38
王基のところ間違えた。
鎮南(255-256)
鎮東(256-257)
征東(257-258)
征南(259-261)


908 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 10:00:05
気になったのは、正始前と正始後で、毋丘倹と諸葛誕の配置換えが行われているんだけど、これは何か意味があるのかな?


909 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 10:51:54
>901
そうそう曹爽と司馬親子の内部抗争の方が影響強いと思うよ
興勢の役は曹爽側の実績作りの失敗という意味で無関係ではないけど

つまり曹爽失脚までは雍州に常時兵力を割くような余裕はなかったというか
国家戦略を練り直して配置しなおせる実力者がいないというか

>正始の変で軍権の無い太常に異動させられたからじゃね?
ついでに最終的に太常になったが召還されたときは大鴻臚ね

910 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 10:53:02
しかし、あちこちに王基の名前が出てくるねぇ、そりゃ王凌も手放さんて。

北伐に関しては、兵站確保の難しさから、常駐できなかった諸葛亮の頃とケ艾の実績
で兵站問題がある程度解決した姜維の頃とでは魏の戦い方も違うだろうからなぁ。

911 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 10:56:12
>>901
夏侯玄が太常へと移ったのは曹爽が誅殺された後、
対して羌胡の大乱はそれ以前の事であるから、戦力移管は政変以前に行われている。

>>906-908
将軍位よりも州諸軍事で見た方が良いと思う。
豫州と荊州は青龍四年より王昶が都督として治め、
揚州は景初二年に満寵が中央に召還されると、二年後に王淩が都督となっている。
王淩が反乱を企てた事で死ぬと、豫州都督に毋丘倹が、揚州都督に諸葛誕が赴任する。

諸葛誕と毋丘倹の交代は、諸葛誕が東興の役で大敗を喫したからで、
曹爽誅殺よりも後の事で政変とは関係が無い。

912 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 10:56:20
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913 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 10:57:51
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914 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 10:58:10
>>909が言っているが、夏侯玄が召還された時は大鴻臚だったな。失敬した。
いずれにせよ曹爽誅殺後なので、刺史への戦力移管そのものはやはり政変前だろう。

915 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 10:58:50
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916 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 10:59:59
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917 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 11:23:47
>>911
そうなんだ単純に、夏侯玄失脚が契機とするのはミスリードなわけね。
でもさ、曹魏の基本方針は、軍権は中央が握って、何か起きたらその都度
軍を動かす権利を与えるというイメージだったんだけど、この時代は変わったと。
それは曹爽が権力を握っている時にすでにそうなっていたから、
曹爽の意向でそうなったということかな?皇帝をないがしろにしていた曹爽を
利用して、反曹爽の気運が高まるまで放置した司馬懿が凄かったということかな?

州諸軍事一覧持っていないからわからんのよね。
236年に王昶が 豫州と荊州の都督になる。
238年までは、満寵が揚州の都督だった。
240年に王凌が揚州の都督になる。
251年に豫州都督に毋丘倹が揚州都督に諸葛誕になる。
     王昶は荊州都督のまま?

対呉方面の司令官が揚州都督で、
対荊州方面の司令官が荊州都督で、
その中間方面の司令官が豫州都督という認識でおk?


918 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 11:36:18
なんか>>1がついていけない話題になってるな。まあ見てておもしろいけど

919 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 11:47:03
>>917
都督自体は曹爽なんかよりもずっと以前から置かれていた。
だから、都督麾下の戦力に関しては、曹爽がどうのという以前から、有事の際に都督が自由にできた。
都督の擁する戦力がいつ頃、どのように増強されていったのかは分からないが、
揚州方面を防衛し続けた満寵がそれほどの大軍を動かせなかった事を考えると、
荊州、揚州方面の戦力増強は明帝の頃より後だろう。
揚州は多分、司馬懿、ケ艾らの行った運河整備と屯田の影響が大きいかな。

雍州に関しても、戦力増強は司馬懿と司馬孚の献策によるもので、これは青龍年間に行われた。
司馬孚の献策によって、中軍から二万を関中に移して都督の戦力とし、
更に冀州から五千の屯田兵を上邽に移す事が行われている。
司馬懿の方でも冀州の農民を上邽に移すと共に、隴西での製鉄の統制、関中での運河整備などを行っている。


毋丘倹が預州諸軍事となったのがいつなのかは、実はいまいち分からない。
王昶が江陵攻撃から帰還後に征南大将軍になっているし、丁度王淩が誅殺された頃なのでその辺かと思ったが、
毋丘倹が高句驪討伐より帰還した後、すぐさま豫州諸軍事への転任の記述があり、
杜恕が正始年間に毋丘倹に代わって幽州刺史になっている事を考えると、
正始の終わり頃には豫州諸軍事だったと見た方が良いのかもしれない。
250年の時点で王昶が豫州諸軍事も兼ねていたなら、荊南攻略を荊州の軍だけで行わなかったかもしれないし。

920 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 11:58:17
北伐に関連する事、つまり雍州の戦力配備の変化を取り上げると、

諸葛亮が北伐を行う
→魏軍は雍、涼州の戦力じゃ対応できなくなる
→魏は関中の戦力を増強する
→曹爽、夏侯玄が駱谷で蜀軍に敗れる
→雍州刺史郭淮に指揮権が移り、隴西の戦力が増強される
→曹爽が誅殺され、郭淮が都督となる
→姜維の北伐に対応する為、関中の戦力が増強される

253年頃までは、こんな流れだな。
駱谷の役と曹爽の誅殺は、戦力配備に与える影響が結構大きかったと思う。

921 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 12:42:26
とんくす!
そっかー。ケ艾は天才すぎるな。
軍隊増強といっても兵士が沸いてくるわけでもないし、そうそう中央軍を動かしてもられない。
屯田と聞くと農民がえっちらおっちら畑を耕しているイメージしか浮かばなかったんだけど、
農民が屯田先で根付くと(根付くんだよね?)いうことは、単純に現地の農民=兵士数が増強
されていったということなんだ。諸葛亮が死んだのが234年。姜維が北伐を再開するのが253年。
20年もあれば、人間も増えるし(家族持ちだよね?)中央の力を頼らずとも屯田農民の兵士数だけで、
相当な軍事力を保有することになったということなんだ。よね?


922 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 12:52:09
でも司馬フの献策で、2万を青龍年間に中軍から移動か。

上圭βってどんな場所だったの?要塞みたいなをイメージしてるんだけど。



923 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 18:42:38
上邽は穀倉地だよね?

924 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 18:59:17
>>895
>これは雍州刺史の軍だけで足りたという事ではなく、雍州刺史が都督麾下の軍を吸収した事を示しているのだと思う。
>別スレでの話の続きになるが、討蜀護軍が征西将軍に属さずに雍州刺史に属すようになったのも、やはりこの時期。
>また、興勢の役を機に郭淮に節が仮されている。
別スレとかよくわからんが247年ごろの反乱時には討蜀護軍・夏侯覇も配下なのか?
…じゃあ夏侯玄の召還時に逃亡した監督責任は郭淮にあるわけですな

駱谷後に夏侯玄だけ責任押し付けられて実権失ってたとか理解しがたい
というか、夏侯玄は召還時点では曹爽と連座したわけじゃないし、
ついでに駱谷には司馬昭も参加している

夏侯玄は妹が司馬師の妻だったり親戚でも曹爽派とも言えないのか
立場がよく分からない人だねぇ

925 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 19:01:56
三戦ではスレがジョミニ庵と化すと良スレ化する傾向

926 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 20:38:45
もうスレ終わりそうなのに、>>1が全然出て来ないね。
また以前立てたスレみたいに捨て台詞吐いて終了かな。

927 :1:2009/05/05(火) 20:41:07
ちょこちょこレスしたりはしてるんだけどね。
なんか途中で国語スレになってしまってやる気がそがれたというか
完璧主義なもんで。

まあスレも持ち直して着てるので別にいいけど。

928 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 21:45:28
>>924
明確に部下と書かれているわけではないが、247-248年には夏侯覇は郭淮の指示を受けて戦っている。
249年の陳泰と徐質に至ると、都督の郭淮までも隴西に来ているにもかかわらず、
徐質が陳泰の指揮下で戦っている。

文帝の頃、涼州での反乱を鎮める為に雍州刺史張既が派遣された時、
都督の曹真は将軍の費曜と護軍の夏侯儒を増援として派遣したが、
この時の夏侯儒は特に張既の指示を受けて戦っている様子は無い。
また231年、征蜀護軍の戴陵が都督司馬懿の麾下で戦った時は、郭淮と同格に扱われている。

魏略に拠れば、夏侯覇が夏侯儒に代わって征蜀護軍となった時、
「征西将軍に属した」と明確に書かれているが、247-248年では郭淮の指揮で戦っている。
駱谷の役は敗戦だったにもかかわらず、戦後雍州刺史の郭淮に節が仮され、
四年後には征蜀護軍を部下の如く扱うようになり、以後の刺史も征蜀護軍を麾下に置いている。
仮に正式なものではないにしても、247年の時点で征蜀護軍が刺史の節度を受けるようになったのは確かだと思う。

あと、夏侯玄が実権を失ったというより、刺史の権限が拡大したと見てる。
刺史の軍が増強された事で隴西の軍が強化されたので、
隴西の問題に関しては刺史が独自の権限で当たれる部分が拡大したんだと思う。
刺史と都督の指揮系統自体は、後の時代にも変化が無いので、郭淮を制する権限は夏侯玄に未だあっただろう。
ただ、曹爽と共に駱谷の役によって大きな批判を受けたので、おかしな形での発動はできないだろうけど。

司馬師に嫁いだ夏侯玄の妹は、青龍二年、五丈原の戦いと同じ年に鴆毒で死んでいる。
これは司馬師か司馬懿の意向によるものなので、夏侯玄と司馬氏の関係は正始年間には切れているだろう。

>>922
上邽は秦が置いた県で、街亭のように廃止されてもいないので、普通の県城だろうと思う。
地理的に見ると、祁山に程近く、段谷の出口にもなっているので、蜀の北伐に対する拠点としては有利。
また、>>923の言うように、祁山から上邽までは麦畑が広がっていて、
231年には諸葛亮が上邽周辺の麦を刈って軍糧としたし、256年には姜維が祁山の麦を確保せんと行動している。
晋の時代に秦州が置かれるとその州治にもなっているので、魏の時代から重要な拠点となっていたのは間違いない。

929 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/05(火) 23:31:37
とんくす。
秦州の州治?州都みたいなものかな?が上圭βなわけね。梁州の州治が漢城?漢寿?だっけ?

夏侯玄のことをちょっと調べてみたんだけど、もしかして刺史の権限を拡大させたのは夏侯玄なんじゃない?




930 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/05(火) 23:57:41
>>929
州治ってのは州の行政府が置かれたところだから、州都と考えれば良いと思う。
詳しく言うと、泰始五年(269年)に初めて秦州が立てられた時、州治は冀県だった。
その後、太康三年(282年)に秦州は一旦廃されるが、太康七年(286年)に再び立てられる。
この太康七年に秦州が立てられた時の州治が上邽ね。

梁州の州治は、蜀が平定された直後は沔陽だね。

刺史の権限拡大を夏侯玄が行ったってのは、「郡太守を廃して刺史のみにしろ」っていう提案があったから?
確かに夏侯玄は刺史のみで足りると思ってたけど、今回の場合は、
特に太守を廃したわけではなく、ただ戦力のみを移したようなものなので、
夏侯玄と司馬懿との手紙のやり取りの内容とは関連が薄いと思う。

931 :924:2009/05/06(水) 00:15:52
>>928
返答ドモ
>明確に部下と書かれているわけではないが、247-248年には夏侯覇は郭淮の指示を受けて戦っている。
対蜀に対してだけ指示を受けたというか、役職より節の有無の方が重要じゃないの?
>徐質が陳泰の指揮下で戦っている。
ついでに討蜀護軍と征蜀護軍は同じなのかね?
征西将軍に属して遠征するときは征蜀で、守備時は討蜀として対処かも
ついでに219年の関中撤退後に臨時で主将になっていた雑号将軍格の
張[合β]も征羌護軍郭淮の監督下だったりする
別に私も詳しくないので憶測ですが刺史の権限が拡大したというより、
もともと任務外で無ければ駐留先の刺史には従うでしょ…

>司馬師に嫁いだ夏侯玄の妹は、青龍二年、五丈原の戦いと同じ年に鴆毒で死んでいる。
>これは司馬師か司馬懿の意向によるものなので、夏侯玄と司馬氏の関係は正始年間には切れているだろう。
これは疑い濃厚ってだけで確定じゃないっしょ
実際この件は司馬師の出世にマイナスだし、このことで関係が切れていたら
弟の昭が副官かなんかで駱谷の役に補佐的についていったり
召還の5年後でクーデター計画が出てくるまで放置する理由は?
昭が夏侯玄の助命嘆願というネタもあるがこっちは無視?
曹爽と血縁だけどそんなに親しいかといえば、曹爽によって出世したことぐらい
何晏みたいな話題がないし、推挙した応貞が晋で高位に登ったりしてる

932 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/06(水) 02:12:03
>>931
当然、節を仮された事が重要なんだよ。
だがその後も、征蜀護軍が長安ではなく隴西に駐屯し、真っ先に指示を受ける相手が雍州刺史になっていたのは陳泰や王経の例で分かる。
彼らは節を仮されたわけじゃないが、郭淮の時の指揮系統を維持しているように思える。
征蜀護軍と討蜀護軍の違いなんて何処にも書かれていないんだから、俺に分かりようもない。
郭淮と張郃の件は、征蜀護軍の話とは関係が無いように思えるが、その例を引いた意図は?

結局何が言いたいのか分からない。
征蜀護軍の扱いは当初から一切変わってないと言いたいのか?
戦力の移管が行われたとかってのは、史料の少ない中での俺の推測なんだから、
完全な主張にはなりえないし、細かい部分に不備だってあるだろう。
俺の意見が容れ難いなら容れなければ良いし、何か自分独自の主張をすれば良い。


司馬昭が征蜀将軍として駱谷の役に参加しているのは、特段こだわる事じゃないと思うが。
もともと反対者の多い戦役だったから、実際に司馬昭がやったように、
不利になった時に軍の撤退を促す為の処置だったとも取れる。
司馬昭の夏侯玄助命嘆願は、裴松之も否定している事だし、無理に採用する事でもない。
クーデターの計画まで放置するのが不自然と言うか、召還していきなり殺す方が不自然だろう。
夏侯玄は曹爽らと違い権力をほしいままにしたわけではないのだから、殺すだけの大義がない。
それに、司馬懿が死んで安心する許允に対して、司馬師や司馬昭こそ警戒すべきであると反論する記述もある。
そもそも、殺されるまではいかなくとも、召還された後は実権を与えられず、
それがクーデターに繋がったのだから、夏侯玄と司馬氏とが懇意だったと考えるのは不自然だろう。

933 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 06:21:49
>>927
自分の思うように行かないとすぐ興醒めするのは
完璧主義とは言わず軽薄と言うのだよ。

934 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 07:25:47
わたしカンペキ

935 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 10:44:29
張コウと郭ワイは当時両方とも夏侯淵の配下でしかないから、どっちかがどちらかの
監督下であったと言う風にはならないと思うけどね。

936 :924:2009/05/06(水) 11:52:02
>>932
返答ドモ
>だがその後も、征蜀護軍が長安ではなく隴西に駐屯し、真っ先に指示を受ける相手が雍州刺史になっていたのは陳泰や王経の例で分かる。
それ以前から右将軍・夏侯覇は隴西に駐屯して郭淮と協力して異民族を平定しているので駐屯していることは重要じゃないっしょ
王経の例って「西大将軍・仮節都督・雍涼諸軍事」陳泰に献策して受け入れられず指示を受け先発したこと?
この例は>229で
>あと、夏侯玄が実権を失ったというより、刺史の権限が拡大したと見てる。
と正反対の事例だと思うし、仮節の効力は否定されない。

>郭淮と張郃の件は、征蜀護軍の話とは関係が無いように思えるが、その例を引いた意図は?
>>また231年、征蜀護軍の戴陵が都督司馬懿の麾下で戦った時は、郭淮と同格に扱われている。
に対するもので、同格でも任務や権限から駐留場所によって監督者が入れ替わることを示したつもり
だから「もともと任務外で無ければ駐留先の刺史には従うでしょ… 」の補足

>戦力の移管が行われたとかってのは、史料の少ない中での俺の推測なんだから、
>完全な主張にはなりえないし、細かい部分に不備だってあるだろう。
>俺の意見が容れ難いなら容れなければ良いし、何か自分独自の主張をすれば良い。
つまり自分の推測は見当違いかもしれないけど、細かい不備は指摘して欲しくないし、反論じゃなく新しい主張でなければ書き込みも必要ないとw

>司馬昭の夏侯玄助命嘆願は、裴松之も否定している事だし、無理に採用する事でもない。
だけどトンでも晋書の毒殺説は確定情報として問題ないのか
>それに、司馬懿が死んで安心する許允に対して、司馬師や司馬昭こそ警戒すべきであると反論する記述もある。
そりゃ権力的に不安定になってこちらが上回る余地があれば、逆に危険になるのは政争としては常識論
>それがクーデターに繋がったのだから、夏侯玄と司馬氏とが懇意だったと考えるのは不自然だろう。
クーデターの首謀者と確定していないし、
自分としては祭り上げられた説や曹髦のように曹芳主導説よりなのよね
送還に素直に従っていたり、兵権のある友人諸葛誕らとの連携もないし

あと別に懇意だとは書いていないが?
立場がよく分からない人だとは書いたけど

ついでに本筋でいえば>>920の結論はおおまか同意

937 :Jominian ◆Henri9gNlM :2009/05/06(水) 12:46:13
>>936
まず、その文章の書き方が人をイライラさせるので、あまり付き合いたくないと言うのが本音。
その書き方で質問攻めされると、疲れて嫌になるから。
そして、あなたのスタンスが明確でないと質問の意図が把握しづらいので、
話に自分の主張を盛り込んで欲しいという事。

刺史の権限の拡大という話は、恐らく俺が「権限の拡大」という言葉を使ったのが間違いなのだろう。
本質的には戦力の増強と言う話だから。
「権限の拡大」と言うのは、「夏侯玄が実権を失った」とかって言われたので、
適当に話を流すのに使っただけだな。
言葉を選ばなかった俺に問題があった。

夏侯玄のスタンスについては、どの記述を拾いどの記述を捨てるのかという話で、
征蜀護軍の話と同様に、結局は蓋然性の問題。
俺は納得できない人にまで自分の話に納得してもらおうとは思ってない。

938 :1:2009/05/06(水) 13:04:30
いや納得させるべきじゃないかな?自分の説に自身が
あるなら人を納得させるように頑張るべきだと思う。

939 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 13:07:19
>>229
>あと、夏侯玄が実権を失ったというより、刺史の権限が拡大したと見てる。
>>932
>戦力の移管が行われたとかってのは、史料の少ない中での俺の推測

>>937
>刺史の権限の拡大という話は、恐らく俺が「権限の拡大」という言葉を使ったのが間違いなのだろう。
>本質的には戦力の増強と言う話だから。
>「権限の拡大」と言うのは、「夏侯玄が実権を失った」とかって言われたので、
>適当に話を流すのに使っただけだな。
>言葉を選ばなかった俺に問題があった。

長文のわりに中身がないね…とりあえず頭を冷やせ

940 :939:2009/05/06(水) 13:36:14
×>229
○>929
だ…>936が悪い

941 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 14:20:16
わかんねー
都督=諸軍事 征西将軍は基本的に雍涼州諸軍事を兼ねるという解釈でいいのかな?
郭淮の任地での統治期間が長いから現場のことは郭淮にまかせろみたいな雰囲気だったのかな。
あと正史に書いてないけど、257年以降の車騎将軍位が不明だから前任者の昇進例に沿って(趙イ厳は車騎将軍位が埋まっていたから
驃騎将軍だけど)陳泰がなっていた可能性はないかな?司馬昭に殺されたからあんまり最後は詳しく書けなかったのかな。


942 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 14:20:39
【雍州刺史】____【征西将軍雍涼州諸軍事】_【車騎将軍雍涼州諸軍事】____【その他】____ 
225年_郭淮________張合β_______________
226年_郭淮________________張合β_______
227年_郭淮________________張合β_______
228年_郭淮________________張合β_______
229年_郭淮________________張合β_______
230年_郭淮________________張合β___________【大都督】_____
231年_郭淮________________張合β(死ぬ)_________司馬懿_____
232年_郭淮_______________________________司馬懿_____
233年_郭淮_______________________________司馬懿_____
234年_郭淮_______________________________司馬懿_____
235年_郭淮__________________________
236年_郭淮__________________________
237年_郭淮________________】_________
238年_郭淮__________________________
239年_郭淮________________黄権(※益州刺史)
240年_郭淮________趙イ厳_____黄権(※)
241年_郭淮________趙イ厳_____王凌(※エン州・青州・豫州・揚州刺史)
242年_郭淮________趙イ厳_____王凌(※)__________【驃騎将軍】
243年_郭淮________夏侯玄_____王凌(※)___________趙イ厳__
244年_郭淮________夏侯玄_____王凌(※)___________趙イ厳__
245年_郭淮________夏侯玄_____王凌(※)___________趙イ厳__
246年_郭淮________夏侯玄_____王凌(※)
247年_郭淮________夏侯玄_____王凌(※)__________【討蜀護軍】
248年_郭淮________夏侯玄_____王凌(※)___________??(郭淮の指揮下)
249年_陳泰?_______郭淮______王凌(※)___________??(陳泰の指揮下)
250年_陳泰?_________________郭淮___________??(陳泰の指揮下)
251年_陳泰?_________________郭淮___________??(陳泰の指揮下)
252年_陳泰?_________________郭淮___________??(陳泰の指揮下)
253年_陳泰?_________________郭淮___________徐質(陳泰の指揮下
254年_陳泰?_________________郭淮___________徐質(陳泰の指揮下。姜維に殺される)
255年_王経________陳泰________郭淮(死ぬ大将軍を追贈)
256年_??________陳泰________孫壱(誰?)____
257年_??________ケ艾________________

943 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 15:15:46
趙イ厳ってよく知らないから調べてみた。
于禁と楽進と張遼、隣り合わせに配置された3人がお互い譲らなかったのを趙イ厳が参軍として纏めた。
208年の戦いでは、于禁・張遼・張合β・朱霊・李典・路招・フウカイの七軍統括を曹操に命じられて都督護軍として活躍。
239年には監雍涼諸軍事→征西将軍都督雍涼州諸軍事に転任。
将軍を纏める将軍として一生を費やしたのね。

でも護軍問題にはかかわってこないかなぁ。

944 :1:2009/05/06(水) 16:06:58
次スレどうするの?俺は思う所があるので
このスレをもってスレたてを一時中断しようかなって感じなんだけど。

もう少し板が熟成してきたらもう一度立ててもいいかなって感じ。


945 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 17:18:19
>>942
>王凌
240年:征東将軍・仮節都督揚州諸軍事
241年:車騎将軍・儀同三司
249年:大尉(曹爽謀殺後
251年:クーデター計画中に失敗、服毒自殺、三族処刑
ついでに司空の記述もあるが整理が付かないので年表では大尉のみ

>孫壱(誰?)
呉の沙羨侯、孫堅の弟・孫静の系統で、諸葛誕の乱の時に
孫綝に攻められて魏に亡命して車騎将軍に(たぶん名誉職)
ついでに亡命が257年だからその表は間違い
256年に前年の司馬師薨去に衛将軍に繰り上がった胡遵が
「車騎将軍」まで上がったともされているからなおさらない
(※郭淮と同じ追贈かも)

946 :945:2009/05/06(水) 17:29:02
最後の3行の文章がおかしいから修正

256年に亡くなった胡遵が「車騎将軍」まで上がったともされている
ついでに255年の司馬師薨去に衛将軍に繰り上がっていて
こちらが魏書での最終官職

947 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 18:21:24
>>944
次スレに関しては>>1が気にすることはないよ。
必要なら他の人がもっと相応しいスレタイでたてるだろうし。

948 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 18:28:46
話に加われずに合いの手を入れることで精一杯の存在主張する1が笑える

949 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 18:40:22
1キモい。
こいつ「自身」もちすぎじゃね?
うぜー

950 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 18:45:22
>>1
黙れハゲ!

このスレは、
Jominian氏とかが居ればいい

951 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 19:07:02
>>1の存罪に嫌気がさしている住人は多い

952 :1:2009/05/06(水) 19:33:57
いやあ、別にいいけどスレ立てるなら立てたい人が立てていいんだが
こう連続でスレ立てして思ったのは自分の考えをレスにする事が
できない人が多いなって事が解かった。俺の考えが気に入らないなら
自分が孔明擁護なり孔明賛美のレスをすればいいのに
特に意味のないレスしたり、スレ違いどころか板違いの話題したり。

思うにあんま三国志の知識がない人が多かったんだろうな。
俺がキョウイ賛美して孔明を少し下の評価をしても
ただ「僕の好きな孔明を馬鹿にするなんてゆるせん」
って感情だけでなにもできなかったんだろうな。
正史を読めばいいのに。でそこから自分で考えて
孔明は凄いってレスすれば良かっただけなのにね。

953 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 19:44:56
>>952
つまり、俺が気に入らないから終了ー!ってことでおk?

954 :1:2009/05/06(水) 19:47:19
いや、俺は反対意見でも興味深いレスはうれしいんだけどね。
もっといろんな人が自分はこう思うってレスが欲しかったな。

955 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 19:50:26
>>954はまんま>>953の内容だよな。

956 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 19:56:01
>>954
アンタの主張はロジックに問題がありすぎ。出鱈目
メジャーを叩いて自分が偉くなったかのように錯覚してる人にしか見えない
問題点を複数人に何度も何度も指摘されて
結局一度も進歩してないのは異常

957 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 19:57:10
>>1
>三国志の知識がない人が多かったんだろうな
オマエが言うな!ヴォケ!!!

958 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:01:55
孔明は名宰相、伯約は名将、それが結論でいいんじゃね?

959 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:18:04
蜀アンチ

960 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:21:55
960

961 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:22:40
約2週間で埋まるとかすごいな
1の書き込み以外は読める内容

962 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:31:16
http://ex24.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1241605128/
>曹操アンチアンチスレ

コレ立てたのここの1か?

963 :1:2009/05/06(水) 20:34:56
>>962
ちがう、俺は蒼天好きだし曹操も嫌いじゃないが
そんなスレタイのセンスではないな。スレタイがわかり面過ぎる
スレの内容はほぼスレタイで決まるのにスレタイで
趣旨がわかりづらくするべきではない。「アンチアンチ」
だとインパクトも弱いし。

基本的に俺が立てたスレはほぼ1000まで行くが
それはスレタイセンスによると思う。

964 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:36:10
なんかもう開いた口が塞がらないというか・・・何をどう読んだら
>思うにあんま三国志の知識がない人が多かったんだろうな。
>俺がキョウイ賛美して孔明を少し下の評価をしても
>ただ「僕の好きな孔明を馬鹿にするなんてゆるせん」
>って感情だけでなにもできなかったんだろうな。
になるんだろう。>>1こそ見当違いなことばかり言って、
>>956の言う通り、指摘されても全然無視してたくせに。

965 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:36:50
>基本的に俺が立てたスレはほぼ1000まで行くが

それは自慢にならないしセンスの証明ではない

966 :1:2009/05/06(水) 20:37:28
ああ、それと俺は「曹操アンチを叩くスレ」なんて言わない。
俺はアンチとかを相手にしてるわけではないし
こんなファン同士の煽りを狙うような人間ではない。

あくまで議論を巻き起こさせるようなレスをスルようにしてるし
もっと丁寧な言葉遣いを選んでる。
そのスレの1では誰もがスレの方向性をわかるように
丁寧に書くように心がけてる。

967 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:41:07
1も絡まれて大変だなw

968 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:41:36
>>966
そして自己完結すると。わかります。

969 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:42:01
>姜維の北伐>>>>孔明の北伐

こんな喧嘩売ってるスレタイのどこが煽りじゃないというのだろうか?

970 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:43:15
>曹操アンチアンチスレ

同レベルw

971 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 20:46:16
>>1
>三国志の知識がない人が多かったんだろうな
オマエが言うな!ヴォケ!!!

マジで同意

972 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:18:14
972

973 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:31:42
オマエが言うな!ヴォケ!!!

という自分のこと棚上げな仕切りが多すぎ
本当に24歳ですか?中学生か高校生くらいが妥当に思える

974 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:32:31
全部ネタでしょ

975 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:32:35
>>1って叩かれてるんだな。少なくとも一般論から抜け出せないネット三国志知識人(だっけ?w)よりは有意義だと思うぞ。
姜維の北伐>>>>孔明の北伐って発想が素晴らしい。

976 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:35:47
まったくだ公明なんぞ
ショウガイジのケツでもなめてればいい

977 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:37:20
>>975
>姜維の北伐>>>>孔明の北伐って発想が素晴らしい。
厨かよw孔明アンチってw

978 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:39:08
まぁ魏からすれば、諸葛亮しかり姜維しかり体して変わらん。

979 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:39:47
>曹操アンチアンチスレ
立てた人は>>1に便乗した孔明アンチか。格好悪いなぁ…

980 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:41:01
>>977
そんなこと言ってるから>>1に三国志の知識が無いといわれるんだよw

姜維>>>孔明を論議するんじゃないぞ?
姜維の北伐>>>孔明の北伐を論議するんだぞ。


981 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:41:14
ケ艾>曹真>司馬イ>孔明>姜維くらいだろ

曹真のままなら第四次で張コウが死ぬこともなくいいとこなく
孔明は常敗将軍の汚名を蒙ってたはず

982 :1:2009/05/06(水) 21:42:22
基本的に「1消えろ」とか「1は何もわかってない」とかのレスを
するのは一番楽だし。自分の名誉も守れる。
けど自分の考えをレスにするのは物凄い力がいる。
ましてや俺みたいに少数派の意見を堂々という事は
他の人から変だと思われるし、あるいはただの馬鹿だと思われるかもしれない
それでも堂々という事が大切だと思ってるしそうしてきた。
俺のレスに真面目に否定してきた人はまともである。
一行レスで大した事を書かずに否定した人は
自分が人に変に思われるのが嫌で多数派の意見に
寄り添ってるだけにすぎない。

とまあ難しく書いたらそういう事なんだよね。まあ最初は一行レスしか
書けないのもしょうがないと思ってるよ。自分を否定されるのが
嫌だから多数派に回るのもしょうがないのかもしれない
まあけどそういう人らは情けないよね。

983 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:42:37
曹魏は二代目が死んだら詰んだけれどなw

曹操が簒奪していれば…後世の評価は最悪だったかな?

984 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:42:46
>>980
出た
論点のすり替えw

985 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:46:52
>>980
不等号使ってるからだろうが。マヌケw

986 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:48:03
>>980
>>1は政治の話もしていたような…

987 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:50:18
>>980
おまえ1だろ
1のようなアホを擁護するやつがいるかっつーの

>>982
おまえがアホ扱いされるのは真面目に指摘していただいた方々の主張を
夢がないとか意味不明な感情論だけで反論しつづたからだ。自業自得
情けないのはおまえだけ

988 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:52:38
>>982
だったら、反論出来なかった、スルーとかしたレスについて、何考えてるの?
反論出来ないだけだろうが。反論できるだけの知識がないから。

989 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 21:56:15
もし次スレがあるなら
1がちゃんと自分に都合の悪いレスに返答したかどうか
カウントしていけばいい。


990 :1:2009/05/06(水) 21:59:37
基本的な事だけどこのスレは俺だけの物ではないから
「俺が全ての疑問に答えるスレ」なら全てに答えるけど
そうではないし。

それにそこそこ理屈が通ってるのには返答したと思う。


991 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 22:00:50
議論すらすり替えた!?

992 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 22:01:55
もうそろそろこの糞スレが終わる。
もうカタカナ大好き君は氏ねよ。

993 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 22:02:26
生姜大好き君w

994 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 22:03:10
梅の木が在るぞ!

995 :1:2009/05/06(水) 22:05:23
本当にこのスレで終り。俺はもう新スレは立てないよ。
立てたとしても半年後ぐらいかなそれもひっそりと。

いままで俺はネット三国志知識人の常識を覆そうと思って
頑張ってきたんだけど、実はネット三国志知識人に群がる
有象無象がいて、問題なのはそれらなんじゃないかって思ってきた。
「ネット三国志知識人もどき」というかネット三国志知識人に
あこがれてるんだけど知識のあるレスができない人たち
そして浅いレスを繰り返してしまう。

半年ぐらい時間を置いたら彼らも多少変化する気もするし
まあとりあえずそれまで。ではさようなら。

996 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 22:05:26
梅の木が在るぞ!

997 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 22:06:20
>>995
自分のことが見えてきたようでなにより

998 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 22:06:30
>>1
消えろ

999 :無名武将@お腹せっぷく:2009/05/06(水) 22:07:46
1000だったら>>1は今後スレを立てない

1000 :1:2009/05/06(水) 22:08:36
1000げっと。

1001 :1001:Over 1000 Thread
  立  新   /   ,、r'";;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`';,、    ,r';;r"           _ノ  と   何
  て  し    L_ /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\ ,';;/             )   申   と
  ね  い   //;;/´         `' 、;;;;;;;;,,l;;'            /ヽ  す  1000
  ば  ス   /.,';/              ヽ;;;;,l;L_      .,,、,--ュ、 ';;;;;;;;;i  か   を
  い  レ   l |;|┌--‐フ  ┌----、、   |;ヾr''‐ヽ,  ,、ィ'r-‐''''''‐ヽ ';;;;;;く  !!    超
  か  ッ   i  |l ~~__´ 、   ``'__''''┘  |;;;;;l rO:、;  ´ ィ○ヽ    'i;;;;;厶,     え
  ん  ド   l _|. <,,O,> 〉   <,,O,,>    |;;;;;| `'''"/   `'''''"´     !;;;;;;;;ヽ   た
  の  を  ._ゝ'|.    /   、       |; ,'  /   、        |;;;;;;;;;;;;;レ、⌒Y⌒ヽ
  う     「 | |    (    )       .ソ l  ,:'   _ ヽ       .|;;;;;;;//-'ノ
        ヽヽ |    _,ニ ニ,,,,,_        ', ゞ,' '"'` '"       i;;;;;i, `' /
⌒レ'⌒ヽ厂 ̄  `| ,、ィ-‐''__'''‐-`,、     '' .', i、-----.、       `''"i`'''l
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